2009-09-14
VMA 2009 マドンナとジャネットがマイケルを追悼


Photo: Getty Images
VMAのファースト・ファミリー、ジャクソン家のおかげで、日曜夜の「MTV Video Music Awards 2009」は華やかにスタートした。ジャネット・ジャクソンが、6月に50歳で急逝した兄マイケルへのトリビュートに一役買ったのだ。さらにサプライズでマドンナも登場し、およそ8分間に渡って感動的なスピーチを披露した。

保守的な黒いジャケットとスカートをまとい、暗いステージに登場したマドンナは、「マイケル・ジャクソンは1958年8月に誕生しました。私も同じです。マイケル・ジャクソンは中西部の郊外で育ちました。私も同じです。マイケル・ジャクソンには8人の兄弟姉妹がいました。私も同じです。マイケル・ジャクソンは6歳でスーパースターになり、おそらく世界で最も愛された子供でした。私は6歳で母を亡くしました。私は彼の方が貧乏くじを引いてしまったのだと思います」と語り始めた。

「私には母がいませんでしたが、彼には子供時代がありませんでした」とマドンナは続けた。「人は何かに恵まれないと、そのものに取り付かれてしまうのです。私は子供時代を、母親代わりを探すことに費やしました。時々はうまくいったものです。でも、生涯を通じて世界中から監視されている場合、どうやって子供時代を再現すればよいのでしょう?マイケル・ジャクソンが、世界が知り得る最高の才能の持ち主だったことには、疑いの余地はありません」。

そしてマドンナは、1991年にマイケルとディナーに行った話や、その後に疎遠になってしまったことへの後悔を語り、大喝采を浴びた。

「最初にマイケルが亡くなったと聞いたとき、私はロンドンに居て、数日後にツアーの初日を控えていました。マイケルは私と同じ会場で1週間後にライブを行う予定でした。そのときは、自分が彼を見捨てたということしか考えられませんでした。私たちは彼を見捨てたのです。私たちは、かつて世界に火をつけたこの雄大な人物が、見過ごされるのを傍観したのです。彼が家庭を築き、キャリアを再建しようとしているときに、私たちの誰もが批判ばかりしていたのです。私たちのほとんどが彼を無視しました。彼の思い出にしがみつこうと絶望的だった私は、インターネットにアクセスし、テレビやステージで踊って歌う彼の映像を観ました。そして、"ああ、彼はなんてユニークで、オリジナルで、レアなのかしら"と思いました。彼のような人は二度と現れません。彼はキングでした」。

それから照明が暗くなり、MTVでマイケルの大ヒット曲「Thriller」のミュージックビデオが初公開された当時のイントロ映像が巨大スクリーンに映し出された。そして、マイケルの格好をしたダンサーたちが、ビデオを背後に完璧な振り付けでゾンビダンスを披露した。パフォーマンスは「Bad」と「Smooth Criminal」へと続き、ステージはきらびやかなミリタリー・ジャケットや白いスパッツ、クリスタルが施された白い手袋でキラキラと輝いていた。

参加したダンサーには、デイヴ・スコット、クリス・ジャド、ブライアン・フリードマン、ウェイド・ロブソン、タイス・ディオリオ、トラヴィス・ペイン、ジェリー・スローター、ローリー・アン・ギブソン、ミア・マイケルズ、ティナ・ランドンといった有名な振付師が含まれていた。彼らはこれまでにジャネット・ジャクソン、クリスティーナ・アギレラ、ブリトニー・スピアーズ、インシンク、セリーヌ・ディオン、プリンス、そしてマイケル・ジャクソンと仕事をした経験を持つ。

スクリーンに「Scream」のイントロ部分が流れると、白い宇宙的なデザインのセットにスモークが流れ、ジャネットが鏡を破って飛び出した。会場のファンやアリシア・キーズ、ビヨンセ、ピンクといったセレブリティーたちは、興奮して大歓声を上げていた。

白黒のタイトなレザードレスにお揃いのパンツを合わせたジャネットは、自身とマイケルのおなじみのムーヴを披露した。その後、スクリーンに映し出された兄に合わせて、彼のステップを再現。バーチャル・デュエットの最後に、ジャネットは天に向かって顔の前で手を合わせ、静かに一礼した。

26回目となる今年のVMAの模様は、MTVジャパンで9月19日(土)18時より、2時間の特別番組として放送する(再放送予定あり)。詳しくはこちらのページにアクセス。■

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