2017-09-11
インタビュー:【PARTY目前】SCREAM OUT FEST開催秘話



ラウドロック・シーンの礎を築き上げてきたレコード・レーベルTRIPLE VISION entertainment。海外バンドのCDリリースを中心に、アーティスト・マネジメント、イベント運営と、今やその活動は多岐に渡っている。その中でもTRIPLE VISIONの顔となっているのが、ライブ・イベントSCREAM OUT FESTだ。2010年にスタートしたこのイベント。8回目を迎えた今年度は、本編のSCREAM OUT FEST 2017に加えて、そこから派生したスピンオフイベントSCREAM OUT PARTYの二本立てで開催されるという実に意欲的な年でもある。今回は、レーベル代表の吉川彰一氏と、TRIPLE VISION所属アーティストのメンバーMakoto(HER NAME IN BLOOD / Ba)とJulian(MAKE MY DAY / Gt.Vo)の二人を迎えて、SCREAM OUTの歴史を振り返ると共に、その舞台の裏側を語ってもらった。

時を経て、縁を繋げてくれるイベントです

-HER NAME IN BLOODはSCREAM OUT FEST には2011年から毎年出演されていますよね。初出演の頃と現在では大きく環境も変わったでしょうけど、当時を振り返ってみていかがですか?

Makoto:2011年は、僕らがちょうど海外バンドと共演する機会が増えてきた頃でした。SCREAM OUT FEST 2011でも、恵比寿リキッドルームの広い楽屋で来日した海外バンドと楽屋が一緒だったんです。まずは単純に“海外バンドと交流できて嬉しい!”ってのがありましたね。吉川さんって、日本のバンドが共演をきっかけに海外バンドとも仲良くなってほしいってところにも重きを置いていたりするんですよ。「一緒に酒飲んで、次に繋げなよ」みたいな。2016年の時も、ブレスザフォールと楽屋一緒だったり。

-ブレスザフォールとはSCREAM OUT FEST 2016で5年振りの再会となったんですね。

Makoto:そうです。ジャレッド(Ba)とは共通の友人もいたりするので交流はあったんですけど、「久しぶり!」ってハングアウトしました。でも彼、久しぶりに会ったら酒が飲めなくなってて。吉川さんが用意してくれたジャックダニエルの瓶を「俺もうこんなに飲めないからあげるよ」って。そのあたりは、歳を取ったんだなって思いましたけど(笑)

吉川:何人かストレートエッジになってたしね。

Makoto:そうですね。そういうアティチュードの変化みたいなものもあったりして。5年という時を経て、縁を繋げてくれるイベントです。

終わった後は、膝から崩れ落ちるくらいの疲労感でした

-2011年当時、HER NAME IN BLOODはまだTRIPLE VISIONの所属ではなかったですよね。

吉川:当時のTRIPLE VISIONは国内のバンドのリリースやマネジメントするには力量不足だと思っていたのでまだ洋楽オンリーでしたね。ただ、HER NAME IN BLOODは個人的に好きなバンドだったし、今後何か一緒にできればいいなぁとは思っていました。

-そんな彼らと今ではマネジメント契約を結んで。彼らの成長を感じる場面もたくさん見てきたと思うのですが。

吉川:うん、酒がいっぱい飲めるようになりましたね(笑)。2011年からはずっと出てもらっているので、毎回毎回、色々と思い出はあります。初めて出てもらった頃はまだ若いバンドだなっていう印象もありましたね。で、翌年の2012年にはもう契約の話が出始めていたんで、マネジメント的な視点でHER NAME IN BLOODを見るようになったのがこの頃かな。…2012年の時は大変だったよね?(苦笑)

Makoto:そう。この時、実はバンド内でめっちゃ喧嘩してたんですよ。

吉川:Ikepy(Vo)がサウンドチェックに来ないし、開演しても会場に現れなくて。大慌ての中、Before My Life Failsの松野君(Vo)を会場に呼び出して代理で歌ってもらうかって話にまでなっていたんですけど、スタートの10分前にようやく現れて…

Makoto:今じゃ考えられない(笑)

-へええ、大変でしたね。今でこそ笑い話になるけど、当時は不安定な時期だったんでしょうか。

Makoto:そうですね、まだ若かったし。

吉川:解散するとかいうレベルの話ではないんですけど、でも、バンド内は相当ピリピリしていましたね。

Makoto:うんうん。

吉川:ただね、その日のライブはものすごく良かったんですよ。“10分前に現れておいて、なんていいライブするんだこの野郎!”って感じでしたね(笑)

-(笑)私もライブを拝見していましたが、確かにいいステージだったと記憶しています。ライブ後は仲直りしたんですか?

Makoto:はい、でもちゃんと言葉にはしてないです。漫画みたいなんですけど、みんな無言で「まあ仕方ねえな」みたいな感じで(笑)

-ハハハ(笑)で、そんな最中で実は契約の話も進んでいたと。

吉川:そう。ステージを降りてきたIkepyを俺が捕まえて、「とりあえず1年、俺に預けろ。絶対違う景色を見せてやるから」って伝えたんですが、Ikepyは、“このおっさん何を言っているんだろう”っていう顔で楽屋に去っていきましたけど(笑)

-そんな決定的な話がステージ裏で出ていたんですね。ある意味で最も印象深い回になったのでは?

Makoto:そうですね。

吉川:あとは2014年。会場を渋谷クラブクアトロから新木場スタジオコーストに移して、キャパが一気に倍になった時かな。僕ら毎回安易に大きな目標立てて自分を追い込むところがあって、“クアトロ2デイズいけたんだから、コーストもいけるだろう”っていう軽い感じで。でも実際はけっこうガクプルでしたけどね。でも、その中でHER NAME IN BLOODには敢えてトッパーでやってもらったんですよ。

-HER NAME IN BLOODにトップバッターを努めさせたことにも意図があったと。

吉川:うん。初年度のSCREAM OUT FEST 2010の時はFear, and Loathing in Las Vegasがトッパーだったんだけど、その時の盛り上がりを見て“このジャンルのこういうイベント、クアトロでもいける!”って確信したんですよね。以来トッパーは「出世枠」と呼んでたんですが、初めてのコーストでは今後のSCREAM OUT FESTの未来を任せるつもりでHER NAME IN BLOODにトッパーを努めてもらいました。結果“コーストでもいける”と思いましたね。

-出演者としても、コーストではそれまでと見える景色も違ったでしょう?

Makoto:うん、この時の僕は余裕が無くて客席の奥の方まで見えていなかったです。でも嬉しかったですね。

吉川:この日、HER NAME IN BLOODのステージが始まる10分前に、バンドが用意していたSEを俺が用意したイベント用のSEに変更してもらったんですよね、舞台袖ではみんな大慌でした(笑)

-そんな無茶ぶりもあったんですね(笑)会場も変われば演出もそれまでとは異なりますよね。

吉川:うん、全く違う。コーストくらいの大きなステージは、ちゃんと全体の流れやお客さんのテンションを考えて演出の準備しておかないと上手くいかないですね。2014年に初めてコーストでの公演が終わった後は、膝から崩れ落ちるくらいの疲労感でした。しかも、この年は20年に一度といわれる大雪が降った年だったんですよね。クリエイティブマンのスタッフさんと朝の6時から会場の雪かきをしていました(笑)

その時のあこがれのバンドとリアルタイムで共演できる場所

-MAKE MY DAYは前身バンドASHLEY SCARED THE SKYを含めてSCREAM OUT FESTに2度出演していますね。Julianから見て、SCREAM OUTはどんなイベントですか?

Julian:僕は2回出演させてもらっていますけど、実は初年度からすべて会場で見ているんですよね。吉川さんとまだ関わりのなかった頃から、普通にチケットを買って、お客さんとして見に行っていたイベントだったんです。観客としても出演者としても毎年見てきて、年々パワーアップしているなって感じてますね。

-客席にいた自分が今度はその舞台のステージに立つという特別な感動もあったでしょう。

Julian:もう最高でしたね。SCREAM OUT FESTって、その時キテる旬のバンドがドンピシャで来るじゃないですか、今年で言えばSYLARとか。そういう、その時のあこがれのバンドとリアルタイムで共演できるっていうことに、本当にテンションが上がりまくりでした。2013年に共演したオブ・マイス・アンド・メンとかも大好きなバンドだったんですけど、実際会ってみるとすごくフレンドリーだったし、感激でしたね。オースティン(Vo)があのルックスで同い年ってのはびっくりしましたけど。

吉川:見た目が大統領みたいだったね(笑)。
そういえば以前はクアトロの近くの居酒屋で出演者全員で打ち上げしてたんだよね…

Makoto:あれは毎回恒例で楽しかったですね~。

吉川:海外バンドって、移動距離が長い分、ライブ後の打ち上げっていう習慣があまりないんですよ。アフターパーティーがあったとしても翌日以降にやるとか、むしろプレ・パーティーの方が多いんじゃないかな。だから日本ならではって感じ。終わったあとに打ち上げで更に仲良くなるっていうのもまた面白かったですね。

-吉川さん自身にも出演者と同じような感動が現場であったのではないですか?

吉川:そうですね、当然SCREAM OUTには俺自身が好きなバンドを呼んでいるわけなんで、そのバンドと同じ空間にいるだけでもちょっと特別な経験だし、出演回数が多いバンドのメンバーとは個人的にも仲良くなったのは嬉しいですよね。デヴィル・ウェアーズ・プラダと一緒に天ぷら食ってる状況なんかは個人的に面白かったですね「あ、俺デヴィル・ウェアーズプラダと飯食ってる・・・」とか(笑)。しかもこの時初めて、バンドに奢ってもらった(笑)

洋楽至上主義のマーケットだったけど、日本にも良いバンドは居る

-SCREAM OUTを開催するにあたり、吉川さんが大切にしていることってなんですか?

吉川:思い入れはそれなりに毎回あるんですけど、来てくれたお客さんがまた来年も来たいと思ってくれるようなイベントにしたいと努めていますね。それがないと、なかなか次に繋がらない。

-確かに。

吉川:SCREAM OUT FESTを立ち上げた2010年当時って、まだ洋楽至上主義のマーケットだったじゃないですか。MY SPACEやPureVolumeで海外の若いバンド探していたり。だけど日本にも良いバンドは居る。だからこそ、楽屋もイベントの出順も、海外バンドと日本のバンドをすべてミックスでやりたかったんです。

-なるほど。2デイズ開催っていうのも珍しいと思いました。

吉川:こういうメンツでクアトロ2デイズ出来たら面白いなと思ったんです。「やったことない事をやる」って事に命をかけていた部分がありましたね。

-リリース業務が滞らないだろうかと心配なくらい、私から見て吉川さんはSCREAM OUT FESTに全力投球している印象です。

吉川:うん、色々滞ってますよ、毎回必死です(笑)。毎年、「来年はもうやめよう」って思うくらいに(笑)。

-それほどの労力を費やしているということですか?

吉川:それもあるし、初年度の頃は、自社レーベルの所属のバンドが中心だったのでプロモーションの意味が強かったんですよ。

-ショーケース的な。

吉川:そう。だけど、今ではOUTBURN TOURのようなツアーだったりCROSSFAITHのA CROSS THE FUTUREのようなバンド主催のイベントだったり、海外のバンドを招聘するイベントも増えてきているので、“無理してSCREAM OUT FESTやらなくてもよくないか?”って思える部分もある。イベントを立ち上げた当初抱いていた目標は、自分の中で達しちゃった感もあって、“自己満足になってないか?”って自分の中でイベントを続ける意味を改めて考えてみたりもして。

-そんな思いがあるんですね。それでもこれまで毎年続けてこられて。

吉川:若いバンドから「目標です!」って言われるとなかなか止められないですよね。1ジャンルに絞ったイベントも随分減ってきちゃったし、ここで自分達が撤退しちゃうとけっこうしんどいかなっていう思いもあり。やっぱりやめられないなぁ~って(苦笑。

-イベントが大きくなればなるほどその期待も比例して大きくなるでしょうね。

吉川:そうですね。コーストに移ったのがひとつの大きなポイントだった。会場もでかいじゃないですか。終わった後に色々分析をするんですけど、2015年はSCREAM OUT FESTというイベント名をSNSに投稿している人がすごく少なかったんです。
「ペリフェリーが良かった」とか「ラスベガスがよかった」とかっていうバンド単位でのツイートは多かったんですけど、「SCREAM OUTが良かった」っていうのが少なくて。
で、これはダメだと思った。イベントとして面白かったと思って帰ってもらわないと絶対ダメだと思ったんです。それがあって、翌年からはフロアに色々なブースを出したり、表にステージを作ってもらったり、オタク要素を混ぜてみたりとか楽しめる要素を加えたりと試行錯誤しました。そうしたら「SCREAM OUTが良かった」そういうSNS投稿が増えて来たので“来年はいける!”って思いました。COASTに会場を移して3年以内にはソールドアウトさせたいと思っていた目論み通り、2016年にはソールドアウトできたので、なんとか楽しんで貰えるイベントにはなったのかな。

-しっかりマーケティングすることで翌年度への課題を見つけて、そしてコーストを見事ソールドアウトさせた。本当にすごいです。で、今年はクラブチッタ川崎に会場を移したんですよね。

吉川:最初にBORN OF OSIRISとCHELSEA GRINの出演が決定したんですよ。もう、ゴリゴリじゃないですかこの時点で。このメンツだったら、コーストでやるより、日本のメタルの聖地、チッタでやるのが面白いんじゃないか?思って。でも実は同じ日にコーストも押さえていたし、クワトロ2デイズに戻すことも考えていたんですよ。
で、後日コーストの予約解除したらジミー・イート・ワールドがそこを使う事になってて
「ジミー見たいのに被ってるやん!」ってなりましたね。

-クアトロ2デイズに戻す案は原点回帰的な意味で?

吉川:そうです。イベントの規模をデカくしたい訳じゃないんですよ。楽しんでもらえる人を増やしたいってのはあるんですけど。Makoto君には「吉川さん、そろそろ幕張ですか?」とか言われたけど(笑)

-ハハハ(笑)そう言いたくなる気持ちも分かります。

吉川:いやいや(笑)。一度クアトロに戻して、イベントをやる意味とか考えることも大切だよねって思って。

-なるほど。チッタでの手ごたえはいかがでしたか?

吉川:良かったですよ、すごく。運営もしやすいし音もメタルにフィットしてる。楽屋も出演者分ちゃんと用意できるしね。トータル的にいうと随分楽でした。ただ、フロアにお客さんの逃げ場が少ない分、お客さんにはちょっと優しくなかったかな。

-出演者としては?

Makoto:やりやすかったですね。好きなハコのひとつですし。縦長な作りで、奥まで音を届けたくなる。

影響を受けた次の世代がもう頭角を表し始めているし、彼らが作る次の波は確実に最初の波を超えてくると思う

-今でこそ日本のバンドが中心となって海外バンドを招聘してライブをするのが当たり前になってきたけど、2010年当初は、日本のバンドは海外バンドのオープニングアクトってのが相場でしたよね。そんな中で、当時から日本のバンドへのリスペクトが感じられたのが唯一SCREAM OUT FESTでした。

吉川:うちは基本洋楽中心のレーベルだけど、今の環境やマーケットは日本のバンドの存在が無けれ成り立たないと思うんです。結局海外バンドは多くても年に1回くらいしか来ないし。日本にも良いバンドが居るんだし、もっと評価されてもいいだろうって思ってたんです。だからこそ、出演バンドの順番も全部ミックスしちゃってる。日本のバンドが海外のバンドとの共演に慣れるっていうのも大事だと思うんですよね。ちょっと神格化しちゃってるところがあるから。彼らだって、ただのそこら辺の兄ちゃんですからね(笑)。海外バンドより上手い日本のバンドだってたくさんいるわけだし。

-そうですね。そういう考えが今のTRIPLE VISION marketingやアーティスト・マネジメントへの活動に繋がっているのでしょうね。

吉川:ああ、自分では意識していなかったけど確かに繋がってるかもしれません。

-そのTRIPLE VISION marketingにMAKE MY DAYが所属することになり、2017年7月には3年ぶりとなるEP「Urban Warfare」をリリースしました。

Julian:はい、これまで温めてきた分、粒ぞろいのEPになったなと感じています。今はこういう吉川さんだからこそ安心感がありますし、吉川さん自らすごくお世話してくれるんですよ。同じシーンをずっと見てきているからこそ、言わなくても伝わるというか、感性が似ているというか。目線が一緒だから話が早い上に、ちゃんとケツも叩いてくれる。

吉川:今まさにケツを叩いているところだよな(笑)

Julian:そうですね!(笑)

-MAKE MY DAYをTRIPLE VISION marketingに迎え入れた決め手って何だったのでしょうか?

吉川:彼らがまだ前身バンドで初めて音源を出した頃から何度もライブも見てたし、音源も聴いてたんですが、あの頃はちょうどラウドシーンが盛り上がり始めた時期だったので色々なスタイルのバンドが沢山現れはじめた時期で、良いバンドも居たけど、荒削りなバンドも多かったんですよね。単なる洋楽の真似事っていう感じのバンドも沢山いた。そんな中で彼らは、メロディーも独特で、洋楽と邦楽の良いところを合わせ持っている感じで、ちょっと特殊だったんです。だから初めて見た時からこのバンドは面白くなるだろうなと思って見てました。実際、色んな意味で面白くなっていったよね(※改名や度重なるメンバーの脱退があった)。レッドブルのコンテストで最終選考にも残ったし、海外バンドからの評判も良かった。改名後も色々ありましたが昨年渋谷クアトロでのフリーライブに出てもらった時に「このライブできるなら一緒にやれるかも?」と思ったのがきっかけかな。

Julian:そうですね。色々ありました(笑)。僕らにも色々ありましたし、解散していったバンドも多かった。

-それだけ代謝も早いシーンということなんでしょうか。

吉川:SNSで情報が伝わるようになってから、サイクルが早くなりましたよね。今じゃ何でもツイッターに一瞬で情報が広がるし。バンドがCDをリリースするスパンも短くなったと思います。

-日本におけるラウドロック・シーンが、今より更にひとつ大きくなるために必要なことは何だと思いますか?

吉川:放っておいても大きくなると思いますよ(笑)。2010年前後くらいから始まったラウドロックの波は一段落したと思いますが、その波に影響を受けた次の世代がもう頭角を表し始めているし、以前よりは環境も整っているはずなので、彼らが作る次の波は確実に最初の波を超えてくると思う。僕ら裏方は次の世代が起こす波をもっと増幅できるように準備と種まきを続けていくのみです。

大変だからこそ、続けるための意味がないと。自分たちで続けていく理由をつくって、モチベーションを上げていかなきゃいけないんです

-SCREAM OUT FESTは海外バンドだけでも毎年3~4組を招聘していますよね。どのくらいの準備期間をかけているのですか?

吉川:まず、ブッキングに最低半年はかかります。SCREAM OUTは幸いにも今まで一度も来日キャンセルを出していないんですけど、実は2011年にはラインナップ第一弾発表直前にドタキャンされてるんですよ。本来ヘッドライナーはデヴィル・ウェアーズ・プラダの予定だったんです。発表の1週間前に、本国でキルスウィッチ・エンゲージとのツアーが決まったからという理由でキャンセルされたんですよ。彼らにとってはキルスウィッチ・エンゲージとのツアーはひとつの夢だろうから、うちがチャンスを潰すような事をするのも可哀想だし、受け入れました。結局、そのツアーはキルスウィッチのヴォーカルがツアー中に脱退したりして散々だったみたいですけど…。プラダって日本に関しては本当に不運なバンドなんですよね。大雪の影響で空港で12時間足止めくらったりとかしてますし、サマソニではパンダ事件もあった(笑)。

-そんなこともありましたね(笑)。ブッキングひとつとってもかなり大変そうですね。

吉川:うん、毎年何かある。今年はビザの受け渡しに苦労しましたね。今だから言えるけど、全バンド、ビサを受け取ったのが出発の前の日という有り得ないくらいの綱渡り状態。申請に掛かるコストも以前より高くなったから、ビザ申請コストだけで軽〜く約100万以上飛んでいく。

-それは高額ですね…。ビザ代に加えてギャラもあるでしょうし。

吉川:SCREAM OUT FESTに出たい!って自ら言ってくれるバンドも多いので、ギャラ自体はそんなに高くはないバンドもいるのですけどね。その分、必ずオフ日を作って観光してもらったり、一緒にご飯食べにいったりはしていますね。1バンドにつき1人アテンドをつけて、メンバーが行きたいところに連れていくようにして日本を楽しんでもらってる。ブレスザフォールは、浅草に連れて行ったときの動画をYoutubeに上げていたりしますね。まあ、ほんとに儲からないよ~(笑)だからこそ、続けるための意味がないと。自分たちで続けていく理由をつくって、モチベーションを上げていかなきゃいけないんです。

-なるほど。続けていくためのご自身のモチベーションを含めて、いま吉川さんがみているSCREAM OUTの今後のヴィジョンはどんなものでしょうか?

吉川:SCREAM OUT PARTYがひとつのそれですね。

-そのSCREAM OUT PARTY、開催も目前に迫ってきましたが、今年再び開催するのはSCREAM OUT FEST 2017のゴリゴリのメンツの反動でもあるんでしょうか。

吉川:それもあると思いますね。HER NAME IN BLOODがEUを一緒にツアーした事がきっかけになってエスキモー・コールボーイを呼ぶことになったんですが、パーティーモードに振り切ったイベントをやるのもいいかなって。

-なるほど。

吉川:最近はすっかり減っちゃいましたけど、少し前まではエレクトロを取り入れたバンドがたくさんいましたよね。2015年にヘッドライナーを努めたブリーズ・キャロライナって、もともとはバンドで来る予定だったんですよ。それが突然、発表の1週間くらい前に「ごめん!DJセットで出るわ」って連絡がきたんですよね。バンドだったからヘッドライナーにしていたのにDJだったらどうしよう?って出演順番を変えようかと悩んだんですけど、考えてるうちに“SCREAM OUTのヘッドライナーがDJセットってちょっと面白くねーか?”って思っちゃったんですよね。多少の不安はありましたが結局DJセットでやってもらったら物凄く盛り上がって。みんな垣根なんて考えてないんだなってことが分かったんですよね。そんなこともあって、SCREAM OUT FESTは濃い方に、SCREAM OUT PARTYではデジタル要素だったり楽しむ方に寄せていくように。徹底的にバカをやってもいいかなって思ってます。

-確かにパーティー感のあるユニークなラインナップですよね。MAKE MY DAYもいるし、初となるアイドルまでいる。

吉川:SCREAM OUT FESTはイベントTシャツの着用モデルを最上もがちゃんにやってもらったりしていたので、お客さんの間でも“SCREAM OUTに最初に出るアイドルは誰だ?”っていう声も聴こえてきてたんですよね。今年のSCREAM OUT FEST本編はゴリゴリすぎて厳しいけど、SCREAM OUT PARTYならいけるだろうってことで、今回PassCodeに出てもらうことになったんです。エスキモーとPassCodeのお客さんってきっと親和性高いと思うんですよね。で、MAKE MY DAYは過去に2回の来日でエスキモーと共演もしているし、GAME SHOPはPassCodeとも共演している、最近のNOISE MAKERはエレクトロ的な音も導入しているからハマるだろうと。キバオブアキバもエスキモー・コールボーイと共演しているし、最近、VAVA君がPasscodeでドラムを叩いているという繋がりもある。キバに関しては、これがボーカルのふとし君のラストライブでもある。今回、伏線がたくさんあるので、ぜひ当日現場で伏線回収してほしいですね。

MTV「Headbangers Ball」を見て電撃が走っちゃった(笑)

Makoto:うちのバンドのTJ(Gt)は、人生を変えられたくらいの影響力を与えたのがMTVなんですよ。彼の音楽への入口はアヴリル・ラヴィーンとかメインストリームの洋楽なんですけど、MTVで「Headbangers Ball」を見て電撃が走っちゃったらしくて(笑)。そこでニッケル・バックやスリップノット、マシーン・ヘッドなんかにハマっていったみたいです。

Julian:僕も「Headbangers Ball」は深夜見てましたね。あと僕アメリカで産まれたんですけど、ちょうどMTVがアメリカで開局するときにお腹の中にいて…

Makoto:1987年?

Julian:そうそう! 小さい頃はMTVでミュージック・ビデオが流れると一緒に踊っていたらしいですよ。今も自宅ではMTVを契約しているんで、KNOT FEST 2014の特番で僕らのライブ映像が流れたときには母親がむちゃくちゃ興奮してました。

Makoto:いつか「Headbangers Ball」の日本版が出来たらいいよね。ジェイミー・ジャスタ(HATEBREED)みたいに日本のバンドのメンバーが司会をやってさ。そんな時代がきたらいいね。


Interview + Text: MAY-E





■公演概要

SCREAM OUT PARTY 2017
出演:ESKIMO CALLBOY/ NOISEMAKER/PassCode / MAKE MY DAY / THE GAME SHOP / キバオブアキバ
9月17日(日)渋谷duo MUSIC EXCHANGE
OPEN 15:00 / START 16:00 ¥5,000-(税込/All Standing/1drink別)
※前売り特典付き
※未就学児(6歳未満)のご入場をお断りさせていただきます

TRIPLE VISION公式通販ショップにて先行チケット販売中!
7月1日(土)~各プレイガイドにてチケット発売開始!
・イープラス:eplus.jp
・チケットぴあ:-Pコード:337-109
・ローソンチケット:- Lコード:72234
主催・企画: TRIPLE VISION Entertainment
協力:クリエイティブマンプロダクション