2017-03-02
インタビュー: ホセ・ジェイムズが語るジャズの現在と自らの変化




ホセ・ジェイムズの最新アルバム『ラヴ・イン・ア・タイム・オブ・マッドネス』を、最初に聴いて持った感情は驚きだった。”ジャズの名門ブルーノート・レコードを代表するシンガー”という肩書からは想像もできないほどに感じる、ジャズとの距離。端的に言えば2010年代に入って起こった、R&Bの進化と共鳴するサウンドに彩られている。そこにはジャジーな要素が絡んでくることもあるわけだが、彼はジャズ畑にいながら、そこすらも遠ざけているように感じられた。

また、近年の同レーベルは、古き良き時代の焼き回しでも、商業ベースを強く意識しているわけでもなく、ルーツと向き合いながらもジャンルやスタイルに対していらぬボーダーは引かない、現代においてピュアなレコードのリリースで勝負する姿勢が、実を結んでいる印象が強い。そしてホセはその象徴の一人。彼が様々な音楽的チャレンジを試みることに違和感はない。そういったイメージを以てしても、その変化の秘密に迫りたくなる作品だった。彼は今、自らの音楽に対して何を思うのだろうか。


−ちょうど1年前、2016年の2月にもお会いしましたが、その時は季節柄、グラミー賞の話をしました。今年はどうでしたか?

ビヨンセが素晴らしかったし、やはりアデルは強かった。ア・トライブ・コールド・クエストやアンダーソン・パークといった僕の好きな人たちもいたし、相当な才能がひとつの会場に集まっていたことに、凄く刺激を受けたね。

−去年は、私がケンドリック・ラマーに主要部門も獲って欲しかったと言ったら、あなたは「ケンドリックはこれからだよ」とおっしゃっていました。グラミーはある程度の長いキャリアが重視されることもあるし、それは必ずしも悪いことじゃないと。

うん、そうだね。ケンドリックはレガシーを残せるアーティストだと思う。本当に彼のこれからには注目しているんだ。

−そして「君がそう言うなら僕はテーム・インパラに獲って欲しかった」とも。

ああ、それは僕が言いそうなことだ(笑)

−そこでテーム・インパラの名前が出てくるあなたの感性が、2014年のアルバム『ホワイル・ユー・ワー・スリーピング』を作ったと思うんです。

うん、全くその通り。要するに音楽オタクってことだよね(笑)

−今作『ラヴ・イン・ア・タイム・オブ・マッドネス』も、ジャズの枠に捉われないチャレンジという意味では同じだと思います。しかし『ホワイル・ユー・ワー・スリーピング』は、ジャズという文脈から受け入れられるかどうかという評価ができた作品であったことに対して、今回はジャズとの距離感が全く違います。もはやそこで語られるものではないくらいだと思いました。

ジャズは自分にとっての過去でありトレーニング、自分を形作ってくれたもの。マイルス・デイヴィスやクインシー・ジョーンズから得たものは凄く大きい。でも今はジャズのカルチャーそのものに限界を感じているんだ。誤解されたくないのは、マイルスやクインシーもそうだけど、ちゃんと個で結果を出したアーティストはたくさんいるし、それがジャズの概念を広げることにもなったから、そこにリスペクトはある。かつてはジャズが最もアヴァンギャルドでクリエイティヴだと言われていたこともあったように思うし。でも今は、ロンドンやベルリンやオーストラリアで生まれているエレクトロニック・ミュージックがそれだと思うんだ。じゃあこれからジャズはどうなるのか。ずっと培ってきた伝統を守ってクラシックみたいになってしまうか、その時代を、瞬間を生きる音楽になるのか、そう迫られている気がして、僕は今を生きることを選んだというのがまず念頭にあったね。

−ジャズはもともと大衆音楽であり、ダンス・ミュージックとして存在しているものもあります。しかし、日本でもジャズに難しいイメージを持っている人は少なくないですし、アカデミックで敷居が高くて手を出せないと思っている人もいます。確かに、そういう側面もありますが、それが全てじゃないですよね。

そういう話をするなら、アメリカは日本よりひどいかもしれないね。

−そうなんですか?

ジャズ・アット・リンカーン・センターみたいな正統派ジャズのフィールドだと、自分みたいなカジュアルな服装や、ストリート・ファッションに身を包んだ若者がジャズを演奏しているだけで、抵抗感を持つ人も多いからね。

−当時評価は分かれたとはいえ、先におっしゃったマイルス・デイヴィスを生んだ国。今はあなたもそうですし、同じレーベルにはロバート・グラスパーもいます。

さっき出たバンドで言うなら、ジャズの世界の中でテーム・インパラを知っている人なんてまずいない。そこまで保守的ではない人も、せいぜい90年代のポップスやヒップホップを、未だに新しいと思っているのが現状。今はもう2017年なんだから、もうちょっと前向きになって欲しいって、僕もロバート・グラスパーも思ってるし、クリスチャン・スコットもそうだ。ロックやポップスの世界で新しいことがどんどん起こっているのに、窓を閉めちゃってさ。だったらもう、窓の外で音楽をやろうって、残念ながらそういう気持ちになっちゃったんだよね。それで、外でやるなら全く違うことにしようと思ったのがこのアルバムなんだ。

−では、あなたは”今”についてどう考えているんですか?

インターネットが発達したことで面白い時代になっていると思う。音楽を作ってサウンドクラウドにアップすれば3時間でヒットすることもあるわけで、夢があるよね。でもその一方で、情報が溢れすぎていて、リスナーが信頼できるものを選ぶことが難しくなっているとも思う。だから僕たちも大変だけど、君たちのようなジャーナリストの方が大変なんじゃない?何を推せばいいのか、時代がどうなっていくのか、判断が難しいだろ?

−確かにそうかもしれません。でも、だからこそ、それぞれの人がそれぞれの分野で、私たちの場合はそれが今を感じること、情報を取ることに労力を惜しまないなかで、自分の意思で立っていられるかどうか。そこがより大切になってくると思っています。

なるほど、僕たちとも通じる部分があるね。

−伝える手段ではなく、サウンドの部分ではどうでしょう?

今はトラップ・ビートだよね。そしてドレイクもそうだけど、歌とラップの中間みたいな雰囲気があって、トラップR&Bというか、それが広く世の中に受け入れられるようになった最新のサウンドじゃないかな。あとはちょっとスローバック的な感じ。ブルーノ・マーズやファレル、ビヨンセもそういうところがあると思うんだけど、1970年代や80年代のパーティー感というか、やっていることは儀式的でありながら、現代のプロダクションをちゃんと加えて、ブラック・ミュージックが輝ける時代を作り出しているように思う。

−あなたがおっしゃる”トラップR&B”ということで言えば、ドレイクよりもメロウな1曲目の「オールウェイズ・ゼア」や2曲目の「ホワット・グッド・イズ・ラブ」は、あなたの新しい局面を示す宣言のように思いました。

うん、そうだね。制作面ではタリオ(アンタリオ・ホームズ)の力が本当に大きい。彼はオークランドのベイエリア出身でその土地柄もあると思う。凄くレイドバックしているけどアグッレッシヴな音楽性を持っているんだ。トラップ・ビートも、速いけど遅いだろ?そういう二つのものの共存が刺激的で面白い。そういったタリオのペルソナみたいなものが活きているし、自分も何かのキャラクターになりきって演じているような感じ。このアルバムを作ること自体が、自分のためにスーツを作る仕立て屋のような、ここのドラムの音はこうしようとか、ここはハーモニーを重ねようかとか。そうやってちょうどいいスピード感で完成していったんだ。バンドでやるとなかなかそうはいかない。ドラムのチューニングに2時間もかかると、それだけで正直やる気が失せることもある。関わる人が多くなって、誰かが酔っぱらってやって来ると、そのまま作業に入らなきゃいけないし(笑)。でも今回は小さなスタジオで少数精鋭のメンバーが揃った。しかもLAだから、NYと違って外に出たら美しい自然や太陽を見られるから、リラックスしているけどクリエイティヴな作品になったと思う。

−「ユー・ノウ・アイ・ノウ」はサビの前や間奏でビートが倍速に。これもまた、現代的な楽しみ方ですよね。

フェスとかでもやりたいから、レイドバックした曲ばかりじゃなくて、フィジカルな部分でメリハリが欲しかったんだ。だからこういう今っぽくて踊れる感じを意識したのさ。それで女の子が踊っている光景はナイスだからね。

−「リヴ・ユア・ファンタジー」と「レイディース・マン」は2曲続けて、まさに80年代のMTVソングといった感じ。アップテンポで踊れるディスコになっています。

アルバムの中にはトラップ・ビートのような、どっちかというと男うけしそうな曲もあれば、女の子が好みそうな甘いバラードも入っているんだけど、そことは違って、この2曲は誰もが好きになれる、誰もが幸せになれる要素が多いと思うんだ。作っていて一番楽しかった。そう、ブラック・ミュージックが一番幸せだった時代、マイケル・ジャクソンやプリンスがヒットし始めた頃。1970年代から80年代のブラック・ミュージックは出会いの場そのものだったと思う。ダンス・フロアやそこかしこで、みんなが自由に踊って自分を表現していた。DJがいてそれらの曲を繋げることや、リミックスみたいな感覚も生まれてきて、ファンクが次のステージに行った気もするし。そういった気持ちを素直に表現したんだ。

−それは「リヴ・ユア・ファンタジー」のヴィデオを観ても分かります。

イースト・ヴィレッジに新しくオープンしたクラブで撮影したんだけど、出演してくれた女の子たちには、そこで初めて曲を聞かせて思うがままに踊ってもらった。そこには嘘がないからね。ああやって踊ってくれている姿を見て、ちゃんとできたんだなって思えたんだ。

−「リメンバー・アワ・ラヴ」のメロディーは、ロック・アーティストがブラック・ミュージックに接近したような印象を受けました。あなたの豊かな感性と自由な発想がよく表れた曲だと思います。

あれはパリで一杯飲んで帰っているときに、川沿いの公園みたいなところで、世界のダンスを取り上げたイベントみたいなことをやっていた光景が、イメージのもとにあるんだ。だから自由を感じてくれたんだと思う。あとは、フランスに行くとなぜかセンチメンタルになっちゃうんだよね。普段はそうじゃないんだけど。「あのカフェ2年前に来たよな。あれからいろいろあったな」って、実存主義の詩人みたいな。それで歌詞ができたからすぐにメモしてホテルに戻って、アコースティック・ギターを弾いて作った。そうしたらニルヴァーナやテンサウザント・マニアックスが好きだった10代の自分に戻っている感覚になったんだ。だから”ロック・アーティストが~”というのはそうだと思う。

−様々な曲調の波が楽しめることは、このアルバムの大きな特徴だと思います。そして歌詞も全編に渡って”あなた”と”私”の愛について歌いながら、そこにはポジティヴな思いもネガティヴな話も、複雑な心境も、様々描かれていて、あなたの言葉を借りるなら”レイドバック”したものでありながらも、紆余曲折が感じられてとてもドラマチックです。そして、最後の「アイム・ユアーズ」で希望の光が差してくるように感じられました。

聴いた人それぞれが何かを感じるなかで、最後は光が見えるようにしたかったんだ。だからゴスペル風の曲を持ってきたくて、僕が子供の頃から尊敬していたシンガー、オリータ・アダムスに歌ってもらった。彼女の歌声は、自分にとって希望やピュアな美しさの表現だったから。

−前回お会いした時の話に戻ると、ビリー・ホリデイのトリビュート作『イエスタデイ・アイ・ハド・ザ・ブルース』について語ってもらったんですが、ビリー・ホリデイの歌の普遍性に改めて注目する機会になったと同時に、彼女が放ったメッセージが、今でも通用してしまうアメリカの変わらない現状を嘆いているともおっしゃっていたんです。

うん。そうだね。

−あまり政治や人種問題的なことは、インタビューでは言いたくないとも。

そこは難しいところだ。

−今作の”あなた”と”私”を何に置き換えるか、それもまた聴いた人それぞれだと思うんですが、あなたなりのメッセージがある気がしているんです。最後に聞かせてもらえませんか?

そうだなあ、僕も作った本人でありながらいろんなことを思い浮かべるからね。でも、この話の流れで言うと、自分のようなリベラルな考え方をする人間にとっては、生き辛い世の中にはなってきている。性別や肌の色で判断されて、対等に扱われない実情は今も強く残っているし、そこに無関心な人もまだまだいるから。だけど、ようやくみんなが自分なりに、何かやり始めようとしている時期にきているとも感じているんだ。僕はスピリチュアルな人間だから、良いこともあれば悪いこともあると思っている。ドナルド・トランプがいる間は彼の政権下で生きるしかないんだけど、ここで苦しむことや戦うことに大きな価値があると思いたい。もしヒラリー・クリントンが当選していたら、女性問題も環境問題も彼女がなんとかしてくれるだろうって、無関心な風潮が強くなっていたかもしれない。それって先を見ると平和じゃないよね。だからきっとこのタイミングなんだよ。このままじゃ、大変なことになるから参加しようという意識が芽生える。そして明るい未来を作っていきたいんだ。

Interview + Text: TAISHI IWAMI