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リバース・クオモとスコット・マーフィーの“邦楽”ユニット Scott & Rivers日本語インタビュー

2013-04-18


あのウィーザーのリバース・クオモと、邦楽のカバー・アルバムでも知られるALLiSTERのスコット・マーフィーが、最近「日本語で歌う外国人」として話題です。彼らの名はScott & Rivers。3月に全曲日本語のファースト・アルバム『スコットとリバース』をリリースし、先日は東京と大阪でライブを行いました。会場では「洋楽じゃないよ」と書かれたバッジも販売されるほど、とことん“邦楽”にこだわったユニットなのです。

1度聴くとクセになる日本語ロックが気になって、MTV Newsは東京公演を翌日に控えた彼らに取材を依頼。すると2人から、「日本語でインタビューしてほしい」という要望が返ってきました。驚くほど流暢に日本語を話すスコットさんと、そんな彼に時折質問の意味を確認しつつ、一生懸命答えてくれるリバースさんに感心させられっぱなしだった今回のインタビュー。2人のアメリカ人ミュージシャンは、なぜ日本語で音楽活動を始めようと思ったのか?その全てを聞いてきました。日本語で。



—今日は日本語でよろしくお願いします!

スコットとリバース: よろしくお願いします!

—リバースさんは最近、日本語専用のツイッター・アカウントもお持ちですね。ときどき「寂しい」って書いてあって気になります。大丈夫ですか?

リバース: 今は大丈夫です。いつも…真ん中?

スコット: あ、夜中?

リバース: うん、夜中に、たくさんプロモーションした後で…家族がいません。寂しいです。

—そうだったんですね!気になっていたんです。

リバース: ありがとう。



—初めてテレビでScott & Riversを観た時は本当に驚きました。それからアルバム『スコットとリバース』を聴かせていただいたのですが、まるで日本人が歌っている邦楽のように、自然に楽しませていただきました。そもそも2人はどのように出会って、なぜ日本語で音楽活動をしようと思われたのですか?

リバース: 2006年に結婚した後で、家内は毎日、日本の音楽番組を観ていました…家内は日本人です。(日本の番組は)ロスでも観れますし、熊本でも(註:奥さまは熊本県出身)。だから、私はちょっとうらやましかったです。それで(日本語の音楽活動を)やりたいと思いました。でも日本語まだ難しいから、パートナーを探して、スコットさんに連絡しました。

—日本の音楽はアメリカの音楽と比べて違うものですか?

リバース: うん。全然違います。日本の音楽はアメリカの音楽より、もっと…コンプレックス?

—複雑ですか?

リバース: うん、フクザツです。コード進行やメロディ、転調が複雑です。アメリカの音楽は、もっと繰り返す。だから、ちょっと興味がない。つまらないです。日本の音楽は私に自由をくれます。

—日本の音楽が自由を!そうなんですね。スコットさんは以前から邦楽をカバーされていましたが、最初はどのようなきっかけで日本語の音楽に興味を持ったのですか?

スコット: 10年くらい前にALLiSTERで日本に来た時に、スピッツのアルバムを聴いてすごく好きになって。その時はあまり日本語しゃべれなかった…全然しゃべれなかった(笑)でも、どんどん日本語を勉強して、好きな日本のアーティストが増えて、やっぱり自分でも日本語で歌ってみたいなと思いました。

—とても流暢にお話しされていますが、日本語のレッスンを受けたのですか?

スコット: 受けてないです。独学で。

—すごいですね!ペラペラですね。

スコット: いやいや、そんなことないです。



—リバースさんがスコットさんに連絡をして、最初に会ったのはいつですか?

スコット: うちらが出会ったのは、いつだっけ?3、4年前かな。

—海外で音楽活動をしてきたアーティストが、共に日本語で活動したいと思うって珍しいことですよね。最初に会って話をした時から、2人が目指していたものは同じだったんですか?

スコット: そうですね。ロスで会って、なんか日本の話で盛り上がって。ぜひユニット組んでみようって。で、わりとすぐやり始めました。

—2人で最初に作った日本語の曲は、アルバム『スコットとリバース』に収録されていますか?

スコット: 1番最初にレコーディングしたのは「HOMELY GIRL」です。で、4年間でちょっとずつレコーディングして、やっぱり2人ともその間に(日本語が)上達していたんです。最後の方にアルバムとして聴いたら、うちらの日本語があまりうまくない状態だったから、録り直しました。だから「HOMELY GIRL」は、最初でもあり最後でもある曲です。



—邦楽に挑戦した2人にとって、日本の楽曲のどのようなところが1番の魅力ですか?リバースさんは2009年のフジロックで「君が代」を歌っていましたよね。

リバース: うん。メロディが大好きです。すごくきれい、神秘的。感動する。日本っぽい。それに、毎日うちで子どもの歌を聴いています。♪サッちゃんはね~♪

—童謡を聴いているんですね。「サッちゃん」のメロディも日本っぽいと思いますか?

リバース: うん。日本っぽい!

—日本の童謡って、子ども向けなのにどこかちょっと切ない感じがありますよね。

スコット: そうだね。「たいやきくん」とか、すごい切ない曲じゃないですか(笑)

リバース: (英語で)メロディ?それともリリック?

スコット: どっちも。

—1番最初に夢中になった日本のアーティストは?

リバース: ユミ・アライ。

—ユーミンの初期の曲が好きなんですか?

リバース: うん、70年代。ユミ・アライです。

—それも奥さまの影響で?

リバース: お姉ちゃん。義理のお姉ちゃんです。阿蘇に運転しながら、ずっとユミ・アライのベストを聴きました。

—1番好きな曲はどれですか?

リバース: 「翳りゆく部屋」です。

—ちょっと切ない感じの曲がお好きなんですね。

リバース: うん。



—日本の音楽に詳しいスコットさんが、最初にはまった邦楽は?

スコット: 最初はスピッツとかサザンオールスターズを聴いて、それから椎名林檎さんのアルバムを聴いて、すごい感動しました。彼女の声とか、独特な日本っぽいメロディで、でもいろんな楽器を使っているところとか。アメリカにはない感じの音楽です。

—そして今回、Scott & Riversの邦楽アルバム『スコットとリバース』がリリースされたわけですが、最初からこのユニットでアルバムを作ろうというゴールはあったのですか?

リバース: 何?

スコット: アルバムを作ることは僕らのゴールだった?

リバース: あー!紅白をしたい。

—紅白歌合戦に出演することがゴールなんですか?

リバース: うん。毎年観ています。

—そうなんですね(笑)今回のアルバムでは、2人はどのようなプロセスで曲作りをしたのですか?

リバース: 最初は私が英語で歌を作って、音楽を作曲してスコットに送りました。

スコット: で、それを見て、イメージして日本語の歌詞を書きました。ほとんど全部の曲をその形で書きました。

—翻訳をしていると、ぴったりと来る言葉が見つからなくてモヤモヤすることもあると思いますが、日本語で作詞をする上で1番難しいのはどんなところですか?

スコット: 1番難しかったのは、日本の詞はあんまり韻を踏まないこと。やっぱり英語で歌詞を作る時に必ず韻を踏むので、どうしても韻を踏まないと気持ち悪いんです。それに僕の日本語は完璧じゃないから、本当に言いたいことがあんまり言えなくて。

—アルバムを聴く限り、日本人が作詞したみたいに完璧でしたよ!たとえ言葉が話せても、作詞はさらにレベルの高い難しいことだと思うので、とても感心しました。

スコット: ありがとうございます。



—たとえば、英語で「切ない」の意味を説明しようとして、言葉が見つからなくて困ったことがあるのですが、そういう言葉ってありますか?

スコット: 難しいよね!結局何にした?

—いろいろ説明したんですけど、お互いモヤモヤしたままだった気がします(笑)リバースさんは「切ない」って分かります?

リバース: 分かります!(急に英語で)僕はfoot(足)とleg(脚)が両方“あし”なのが、いつも納得いかないんだ。人体における全く異なる部位なのに!

—なるほど。先ほどリバースさんは、日本語の音楽に自由を与えられたとおっしゃっていましたが、日本語を覚えたことや、日本語での音楽活動を通じて、考え方が変わったことはありますか?

リバース: アメリカで芸術家は大切な人。テレビであまりからかわれない。でも「スッキリ」で、加藤(浩次)さんはちょっとからかいました。でも面白いし、多分いいことだと思います。日本では謙虚な気持ちになります。芸術家は普通の人だから。

スコット: 僕は(日本語の)学校に行っていないから、大体会話で勉強していて、「この言葉=この言葉」という風には考えていないんです。日本語をしゃべる時は日本語の考え方にしています。

—頭の中で切り替えるんですか?

スコット: そうそう、切り替える。だからリバースから「その言葉って英語で何て言うの?」って聞かれると、逆にすごい難しい。

—リリックでも「HOMELY GIRL」の“目が一重、二重”とか、とても日本的ですよね。「I NEED SOMEBODY」の仕事に追われる日々の描写や、「ほどけていたんだ」の“毎日電車に乗って”という部分など、2人が歌っているのに日本の風景が浮かんできました。そういった日本っぽい要素は、リバースさんが書いた英語詞に入っていたのですか?

リバース: 私はたぶんアメリカのイメージを使います。そして、スコットさんは日本っぽいイメージを書きます。



—音楽面では「おかしいやつ」をはじめ、ウィーザーのアルバムに収録されていてもおかしくないようなサウンドが満載で、でも日本語で歌われているので、とても不思議な体験でした。

リバース: いつも歌を作る時、目標がない。私の座右の銘は「神のみぞ知る」です。だから、たぶんこの歌はウィーザーのCDにも似てる。

—そうですね。似ている部分もあるんですけど、その一方で「朝が近い」とか「遠く離れても」の特にイントロ部分などは、とても邦楽っぽく感じました。日本語の曲だからあえて冒険してみた部分はありますか?

リバース: 「朝が近い」を作った時、目標がなかった。実は日本人の作曲家と作りました。でも、日本のアーティストにあげましょうとか、ウィーザーのCDに出ますとか、他のプロジェクトとか…目標が…I had no idea(何に使うか決めていなかった)。神のみぞ知る。実はいつも、いろいろなスタイルに興味があります。アメリカで、ときどきラップを作っています。

—リバースさんがラップするんですか?

リバース: うん。いま習っています。

スコット: ラップって習うものなの?(笑)

—(笑)じゃあ今度はぜひ日本語でもラップに挑戦してください。

リバース: 日本語で!? グッド・アイデア!

—ようやく2人で作ったアルバムが完成して、最初に聴いた時はどう思われましたか?

リバース: ほっとする。

スコット: やっぱり4年間がんばって作った作品なので、子どもみたいに思えて、みんなに聴いてもらえるようになって、すごいうれしい。

—リバースさんは奥さまの影響で邦楽に興味を持ったとのことですが、奥さまはアルバムを聴いて何とおっしゃっていましたか?

リバース: 家内は音楽はあまり興味がない。若い時、音楽が大好きでした。今は音楽の情報だけ読んでいます。毎日毎日インターネットで読んでいます。でも音楽は聴きません。

—でも『スコットとリバース』は聴かれたんですよね?

リバース: 聴きました。たぶん好きです。あまり(感想は)言いませんでしたけど、彼女は…(英語でスコットに)何ていう言葉だっけ?

スコット: 応援?

リバース: うーん…プロモーションをプッシュする?

—もっとプロモーションするべきだと?

リバース: うん。



—それから、アルバムでは木村カエラさんの「Butterfly」をカバーされていて、とてもユニークな選曲だと思いました。なぜあの曲を選んだのですか?

スコット: このアルバムは春のリリースだったから、春っぽい曲がいいなと思って。木村カエラさんの「Butterfly」か松任谷由実さんの「春よ、来い」にしようと。いろいろ考えたんだけど、結局あの曲がすごく良くて。

リバース: すごく複雑。たくさん転調。

—日本的な曲だと思いますか?

リバース: うん。

—子どもの頃、意味も分からずに聴いていた洋楽の内容を、大人になってから知って驚いたことがあるのですが、日本語の曲でそういうことってありますか?

リバース: まだ(日本語が)2歳の子どもみたいだから、分かりません(笑)

スコット: 僕は1番最初にカバー・アルバムを出した時、その時はあんまりしゃべれない頃だったから音で歌詞を覚えて、何の意味かよく分からなかった。けど今歌うと、「あ、そういう意味だったんだ!」って。そういう発見をすると、すごい面白いです。

—Scott & Riversのライブでは、アルバムの楽曲を日本語で披露されるわけですよね。外国語で歌うのは簡単なことではないと思いますが、ライブにはどのように挑みますか?

スコット: 完璧にカンペ(笑)覚えにくい言葉はメモって。覚えるのは大変ですね。

リバース: 本当はスコリバと演奏するのは簡単です、ウィーザーより。他の(自分以外の)フロントマンがいるから。(スコットは)よくしゃべっています。

スコット: それは悪い意味?(笑)

リバース: プレッシャーが下がります。楽になる。




4月4日に行われた東京・渋谷CLUB QUATTRO公演には、くまモンがサプライズ出演!

—リバースさんは、日本語の歌詞は大丈夫ですか?


リバース: (ため息)…はい、本当はすごく難しいです。

—アルバムも発表して、ライブも行って、たくさんのファンを魅了されていますが、将来的にScott & Riversとして、また新しいアルバムを作る予定はありますか?

リバース: はい。

—今後もご活躍を楽しみにしています!最後に日本のファンにメッセージをお願いします。

スコット: このアルバムはすごいがんばって作った作品なので、みんなにぜひ聴いてもらいた
いと思います。これからどんどん面白いことやりたいと思うので、よろしくお願いします。

リバース: スコリバのライブに行ってください。すごく楽しみですね。



Interview + Text: Nao Machida
Photos: Tetsuro Sato
Make-up: Megu
Live Photos: Taku Fujii




Scott & Rivers
LAのオルタナティブ・ロックバンドweezerのG,Voのリバース・クオモとシカゴのポップなパンクバンドALLiSTERのB,Voのスコット・マーフィーが共通の友人であるエンジニアを介して意気投合!リバースの念願だった日本でオリジナル日本語楽曲デビューを果たす。そして2012年末の大型ロックフェスで初お披露目し、早くも話題に。



『スコットとリバース』
01.BREAK FREE
02.HOMELY GIRL
03.FREAKIN’ LOVE MY LIFE
04.おかしいやつ
05.朝は近い
06.終わりのないこの詩
07.遠く離れても
08.I NEED SOMEBODY
09.はじける
10.ほどけていたんだ
11.Butterfly
12.君と二人で

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オフィシャルFacebook>>

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12:00

アイルランド出身の実力派バンド、ヴィレジャーズ来日インタビュー

2013-04-01


アイルランド・ダブリン出身のシンガーソングライター、コナー・J・オブライアンが中心となって結成したヴィレジャーズ。デビュー・アルバムがアイルランド・チャートやUKインディ・チャートを制覇し、英国で最も栄誉あるミュージック・アワードの「マーキュリー・プライズ」にノミネート、さらには権威ある英国音楽賞「アイヴァー・ノヴェロ賞」を受賞するなど、本国では既に話題のバンドだ。

そんな彼らが今月、セカンド・アルバム『{Awayland}』をリリースし、満を持して日本デビューを果たした。2月に開催されたイベント「Hostess Club Weekender」で初来日を果たし、ライブで日本の音楽ファンを魅了したヴィレジャーズから、コナー・J・オブライアンに話を聞いた。



—日本へようこそ!

こちらこそ、来日できてうれしいよ!アリガト。

—初来日はいかがですか?

最高だよ。日本ではみんなとても礼儀正しいっていうのが第一印象。オーディエンスも礼儀正しくて、僕らにとって初の“カルチャー・クラッシュ”だったよ。観客が英語を完全に理解していない状況でのライブは、たぶん今回が初めてだったんだ。それによって、僕は普段よりもフィジカルに表現しようとしたし、言葉が伝わらない分、音楽で伝えようと努力することができた。素晴らしいチャレンジとなったよ。

—その試みは完全に成功していたようですね。最高のライブでした。

良かった!それはうれしいね。ありがとう。

—1番バッターで早い時間に始まったのに、たくさんの観客が集まっていて驚きました。

僕もだよ。あんなにたくさんの人が観に来てくれて、クールだった。日本のオーディエンスは素晴らしかったよ。僕らの曲にはたくさんの言葉が入っていて、伝わらないのではないかと少し心配していたんだ。でも、音楽が言葉を包んで、フィーリングを伝えてくれたのではないかと感じた。観客からはたくさんの温かみが返ってきたように感じたしね。ライブが進むにつれて、バンドとオーディエンスにコネクションが生まれた。最終的には一体感があって、本当に楽しかったよ。



—以前は他のバンドとして活動していたそうですね。ヴィレジャーズを始めることになったきっかけは?

僕はアイルランドのダブリン出身で、ジ・イミディエイトというバンドをやっていたんだけど、解散したんだ。今より若い頃、学生時代に組んだバンドで、それはそれで楽しかったんだけど終わる必要があった。あのバンドを解散して数日後、いや、数時間後に、僕はヴィレジャーズのドラマーに電話して「何かやろう」と伝えたんだよ。

—随分切り替えが早いですね!?

ある意味、ヴィレジャーズは“立ち直るためのバンド”だったんだけど、それがどういうわけか続いたんだよね(笑)前のバンドではエレキギターを弾いていて、どちらかというと初期のエルヴィス・コステロというか、ポップ/パンクな感じのサウンドだった。ライブ活動だけでリリースはなかったんだけど、曲を書いているうちに、エレキではなくアコースティック・ギターを使ったら、歌詞がより重要性を増して、もっとパワフルになるんじゃないかと考えるようになったんだ。それで少しずつ、フォーク・ミュージックをよく聴くようになった。結局ドラマーから始まり、少しずつ他のメンバーも誘っていって、ヴィレジャーズが完成したんだよ。ベースのダニーは子どもの頃からの友だちで、ギターのトニーは前のバンドのサウンド・エンジニア兼ドライバーだった。昇格したのさ(笑)コーマックは前のバンドが解散した後、女性シンガーのバンドで演奏していた時に一緒だった。そうやってみんなを誘って、いつの間にかここまで成長したんだ。

—それはいつ頃のことですか?

初めてのライブはダブリンで、2008年の年末だった。それから1年ほどツアーをまわって、そしてレコード契約をもらって、最初のアルバムは2010年にリリースしたんだ。

—ヴィレジャーズ(村人たち)というバンド名の由来は?

よく間違われるんだけど、“ザ・ヴィレジャーズ”ではなく、ただの“ヴィレジャーズ”なんだ。そこ大事だよ(笑)とにかく匿名っぽい名前にしたかったんだよね。僕にとって大切なのは楽曲だから、プロジェクトだとかバンドだとかについては、“複数の人たち”という意味があればよかった。あくまでもフォーカスはサウンドにあって、名前は“ヴィレジャーズでいいよ”っていう感じ。当時まだMySpaceが流行っていて、曲をアップする時に何かしらの名前が必要だったんだ。だから適当に、“ヴィレジャーズでいいや”って。

—いつ頃からミュージシャンになりたいと思っていましたか?

僕はずっと音楽に夢中だったんだ。子どもの頃も、映画を観に行くと劇中の歌を歌いながら帰ってくるような子だった。だから、“ロックスターになりたい”とか意識的に思っていたわけではなく、ただずっと音楽に夢中であり続けて今に至るんだ。

—ギターを手にしたのはいつですか?それが初めての楽器?

いや、子どもの頃、親がピアノを習わせたんだ。14歳くらいで辞めちゃったんだけどね。兄が持っていたエレキギターの方がかっこいいと思って(笑)子どもの頃からロックは好きで、初めてはまったのはキンクス。9歳か10歳だったと思う。姉がカセット・ウォークマンを持っていて、いつもこっそり借りて聴いていたんだ。それから12、3歳でグリーン・デイにはまった。『Dookie』が出た頃だよ。ちょっとパンクに走ったんだ。

—パンクを演奏していたんですか?

うん、12、3歳の頃はグリーン・デイを弾いていた。それからセックス・ピストルズやザ・クラッシュを聴いて、“待てよ、グリーン・デイは彼らの真似をしていたのか…”って思って(笑)それからレディオヘッドにはまって、初めて行ったコンサートは14歳の時のレディオヘッドのダブリン公演だった。あのライブを観て、僕はレディオヘッドに夢中になった。

—今回の「Hostess Club Weekender」では、レディオヘッドの第6のメンバーとも呼ばれているナイジェル・ゴドリッチのウルトライスタが出ていましたが、ライブは観られましたか?

観ていないんだ!ちょうどインタビューを受けていたんだよ。ナイジェルに挨拶したかったんだけど、恥ずかしくてできなかった。

—ヴィレジャーズのデビュー・アルバム『Becoming a Jackal』は、アイルランド・チャートで1位、UKインディ・チャートでも1位を獲得したそうですね。

エキサイティングだったよ。でもツアー中はそういった状況に気づかないんだよね。あまりに忙しくて、自分の周りで起きていることに実感がないというか。毎日ライブをうまくやることだけを考えているんだ。だから大きなぼんやりとしたイメージなんだよ。でもライブに人が増えてきて、それで初めて実感した。ライブ中は観客が以前よりも静かになって、ちゃんと曲を聴いてくれるようになったしね。それくらいかな。別に億万長者になったわけではないしね(笑)でも、今まで行かれなかったような場所にツアーで行かれるようになった。

—そういった成功や状況の変化は期待していましたか?

こと音楽や曲作りに関して、僕はいつでもどこかで自分を信じているんだ。というか、自分への信頼感は全て音楽に注いでいるように思う。音楽以外には何も残らないのさ(笑)これが僕の人生なんだ。

—デビュー・アルバムではマーキュリー・プライズにもノミネートされて、さらにはアイヴァー・ノヴェロ賞を受賞したわけですよね。

すごく奇妙な体験だったよ。僕はスピーチがかなり苦手なんだ。でもエルトン・ジョンやジミー・ペイジのようなすごい人たちの前で受賞スピーチをしなくてはならなくて、トロフィーを手に持って“…ありがとう”と言って、逃げるようにステージを降りたよ。確か謝ったんだと思う。何だかパーティーを台無しにしたような気分になってしまって、「ごめんなさい」って(笑)

—バンドのメンバーも喜んだのではないですか?

うん、喜んでくれたよ。あの日、他のメンバーはイングランドの別の場所で待っていたんだ。僕はアイヴァー・ノヴェロ賞を受賞してすぐ、バッグにトロフィーを突っ込んで、電車でバンドの元へ行かなくてはならなかった。ライブをするためにね。特にその日の会場は規模が小さくて、派手な場所から一気に現実に戻されたよ。



—3月には待望のセカンド・アルバムがリリースされますが、日本でアルバムを出すことについてはどう思いますか?

アメイジングだよ。僕にとって、世界の反対側に暮らす、他のカルチャーや言語を持つ人たちにも伝わるかどうかは、音楽を作る上でのテストなんだ。新作が日本でも受け入れられるといいな。また日本に戻ってきたいよ。日本のフェスでもプレイしてみたいんだ。

—タイトル『{Awayland}』に込められた意味を教えてください。

アルバムにコンセプトがあったわけではなかったから、タイトルは全ての曲を書き終えた後に決めたんだ。特定のテーマを表すものよりも、楽曲のフィーリングを表現できるようなタイトルにしたかった。それに、ちょっと子どもっぽい音がする言葉を求めていたんだ。“Awayland”は“Homeland(故郷)”の反対語として、子どもが思いつきそうな言葉だと思って。どの曲も、国民性だとか、文化の相違によって生まれる考えだとかいうことではなく、もっと自由な内容を歌っているからね。個人的には、今作はもっと普遍的なところから生まれた音楽のように思っている。だからタイトルでもそういったことを表現したかった。それに“Awayland”という字面も気に入っているよ。

—今作の曲作りはどのように進めましたか?

少し大変だったよ。ファースト・アルバムが評価されて、当然のことながらプレッシャーもあったしね。僕は忙しくなると自分で自分にプレッシャーを与えるようになって、でも逆に助けられるんだ。自分の批評家はあくまでも自分で、妄想上のジャーナリストによるプレッシャーに苦しむわけではないからね。僕はいつもアートに関して、自分を痛めつけてしまいがち。今回は自分を忙しくするためにシンセサイザーとドラムマシンを買って、エレクトロニック・ミュージックを作り始めた。

—確かに、アルバムのサウンドはとても新鮮でした。

曲は書かず、エレクトロニック・ミュージックをたくさん作ったんだ。そしたらゆっくりと曲がやって来て、それでアコースティック・ギターを手にして、言葉を書き始めた。

—面白い曲作りのプロセスですね。

しばらくの間は、そういった要素をどうやってまとめるべきか全く分からなかったよ。最終的に完成したアルバムは、自分が考えていたよりもファースト・アルバムに近いものになった。「The Waves」以外は特にエレクトロニックな曲ではなく、かすかに音が取り入れられているんだ。

—ギターが前面に出ていながら、さまざまなエレメントが聴こえてきて、とても興味深いです。レディオヘッドのようなバンドを聴いて育ったことも影響していると思いますか?

たぶんね。レディオヘッドは永遠に僕のソウルに植え付けられていると思うから(笑)14歳の頃に好きになったバンドって、自分にとっての全てになるんだよね。まるで世界を救いにきたエイリアンのようなイメージで(笑)僕はそういったフィーリングを今でも覚えているんだよ。それに、いつまでも変化し続ける彼らの姿勢にもインスパイアされる。同じことは繰り返さないんだ。方程式を見つけて、それをずっと使うバンドは多いけど、それはちょっとつまらないよね。

—今作で他にインスピレーションを受けたバンドはいますか?

エレクトロニックな部分では、初期のテクノ・ミュージックにインスピレーションを受けた。PlastikmanやDrexciyaのような、初期のデトロイト・テクノとかを聴いていたんだ。一方で、カーティス・メイフィールドやアラン・トゥーサンのようなファンキーな音楽も聴いていた。1970年代前半のニューオーリンズの音楽をね。グルーヴィーな音楽が好きなんだ。でもハリー・ニルソンやジョージ・ハリソンとかも聴いていたし。そういったいろんな音楽を聴いていたんだよ。

—リリック面でのインスピレーションやテーマは?

書き始めた時はテーマはなかったから、自分が何について書きたいのか分からなかった。でも少しずつ、この惑星における自分が過ごす短い時間や、地球全体における自分がいる場所の小ささを考えるようになった。そういった大きなことを考え出すと、自分の頑迷な考えやささいな悩みなどどうでもよくなってくる。自分がこの世界において、どれだけちっぽけな存在なのかに気づくんだ。子どもはみんなそういったイメージを持っているのだけど、大人は人生経験に毒されて、時に忘れてしまう。僕もそうなりつつあるように感じているから、音楽を使ってそういった考えを撃退して、また自由になりたかった(笑)



—ファースト・シングル「Nothing Arrived」は、あなたにとってどのような曲ですか?

あの曲は初めて、朝目覚めたら頭の中にコーラスが浮かんで書いた曲なんだ。僕にはそんなこと初めてだったから、驚いたよ。それで横にあったコンピューターで急いで録音して、それからヴァースを書いた。何か難しい状況をくぐり抜ける時の気持ちや、そういう時に抱く空虚感、全てに無意味さを感じてしまうこと—それは誰もが感じることだと思うんだ。でも中には、そういった空虚感を他人への嫌悪感や宗教なんかで埋めようとする人もいる。それはそれでいいと思うんだけど、僕はそういったことを避けて、ある意味、空虚感に圧倒されてしまおうと思った。そういった感情こそが、人間をひとつにするんだと気づいたからね。僕らはみんなでこれに直面しているんだ、と。だから、あの曲は人類へのラブソングみたいなものなんだよ(笑)とにかく、書いている時はそう感じたんだ。

—ミュージックビデオも良かったです。

アルデン・ヴォルニーというフランス人のディレクターが作ったんだ。曲を送ったら、あの主人公が出てくるアイデアが返ってきた。曲のリリックを非常に隠喩的に表現していて気に入ったよ。同じような日々を送る主人公は毎日宝くじを買っていて、ある日ついに当たるんだよね。ビデオには、自分の外のことから充実感や幸福を得るのは不可能だというメッセージが込められているんだ。だから、彼はくじが当たったという事実を無視して、日々の生活を続ける。物質的な世界よりも、自分の内面からしか充実感は得られないのだと気づいたんだ。

—当選番号が出てくるところはドキドキして、最後の1つで外れるのかと思いました。当たってびっくりしたけれど、結局何も起こらないんですよね(笑)

そういうこと。♪Nothing Arrived♪ってことさ(笑)

—今後ヴィレジャーズはどのように進んで行くのですか?

これからもバンドとして探検を続け、成長していきたい。じっと止まっているのではなくね。こちらに向かう飛行機の機内では、次のアルバムについてたくさん話し合ったんだ。僕は曲を書くペースが遅いから、早く始めなくては。

—日本のファンにメッセージをお願いします。

今回のとても短い来日で、素晴らしい時間を過ごすことができた。次回はもっと長く滞在したいな。みんながアルバムを気に入ってくれることを願っているよ!


Interview + Text: Nao Machida
Photos: Rich Gilligan
Live Photos: Kazumichi Kokei



ヴィレジャーズ

アイルランドはダブリン出身のシンガーソングライター、コナー・J・オブライアンを中心としたバンド。2010年のデビュー作『Becoming a Jackal』がUKインディー・チャート1位、アイルランド1位を獲得。英国最高峰音楽賞マーキュリー・プライズにノミネート、さらには過去にアデル、レディオヘッド、オアシスらが受賞した権威ある英国音楽賞アイヴァー・ノヴェロ賞を受賞。2013年2月、Hostess Club Weekenderにて初来日を果たす。


『{Awayland}』
1. My Lighthouse
2. Earthly Pleasure
3. The Waves
4. Judgement Call
5. Nothing Arrived
6. The Bell
7. {Awayland}
8. Passing a Message
9. Grateful Song
10. In a Newfound Land You Are Free
11. Rhythm Composer

オフィシャルサイト(英語サイト)>>

14:00

2013年注目のUKロック・バンド、パーマ・ヴァイオレッツ来日インタビュー

2013-03-08


英ロンドン出身の4ピース・バンド、パーマ・ヴァイオレッツが、今週ついにデビュー・アルバム『180』を日本リリースした。ザ・スミス、ザ・ストロークス、ザ・リバティーンズを見出したラフ・トレードの創始者、ジェフ・トラヴィスが、たった1曲聴いただけで即契約したという話題のバンドは、アルバムのリリース前から英「NME」誌の表紙を2度も飾り、シングル「Best of Friends」が同誌のトラック・オブ・ザ・イヤーに選ばれるなど、大きな注目を集めている。

MTV Newsでは、2月に「Hostess Club Weekender」出演のために来日したバンドからサム・フライヤー(Vo/G)とピート・メイヒュー(Key)にインタビュー。イギリスのキャンディをバンド名の由来に持つ彼らに、バンド結成までの経緯やニック・ケイヴとの対面について聞いた。

—日本にはたくさんのUKロック・ファンがいて、パーマ・ヴァイオレッツも既に大きな話題となっています。まずはバンド結成までの経緯を教えていただけますか?

サム・フライヤー(以下、サム): レディング・フェスティバルに行った時に、キャンプファイアを囲んで俺がギターを弾いていたんだ。チリ(・ジェッション、Vo/B)のことは知らなかったんだけど、突然俺のところにやって来た。「ヘイ、お前のギター気に入ったよ。俺がマネージャーになって、マネージメントしてやる」ってね。俺には曲もバンドもなかったんだけど、まいっかって思って、それから何度かミーティングしたんだ。何かしら音楽活動をしたいということ以外、2人とも何がしたいのか分かっていなかったよ。そして最終的にスタジオ180を発見した。ロンドンの中心部、ビッグベンの川向こうにあって、ものすごくかっこいい場所だよ。画家とかダンサーとか、いろんなアーティストがいろんな活動をしているんだ。

—ミュージシャンだけではないんですね。

サム: うん、ミュージシャンは俺たちと韓国版ジョージ・マイケルだけだよな(笑)

ピート・メイヒュー(以下、ピート): ああ(笑)

サム: スタジオ180を発見してすぐに、俺はウィル(・ドイル、Dr)とピートに連絡したんだ。ウィルは俺の知る1番のドラマーだし、ピートは俺の知る1番のミュージシャンだったから。昔から友だちだったんだけど、一緒にバンドをやったことはなくて、急いで彼らをつかまえなければと思っていた。

—それはいつ頃の話ですか?

サム: 1年半前くらいかな。それで4人で集まって、一緒に曲作りを始めた。スタジオ180で5曲作って、地下で友人向けにライブを始めたんだ。あまり上手くなかったけど、自分たちがやりたいからやっていた。最初は仲間内でやっていて、次第にラフ・トレードを含む業界人たちが噂を聞きつけたんだ。

—すごい速さですね。バンド活動はみんな初めてだったんですか?

サム: そうだよ。

—バンドを始める前は何をしていたんですか?

サム: バイトしてた。俺は美術館で働いたり。洋服屋で働いていたヤツもいたし、ピートはいつもダラダラしてたな(笑)

—それで突然チリがマネージャーになると言ったわけですか。じゃあ、別にロックスターになりたいと思っていたわけではなく?

サム: 俺は思っていたよ。いつも学校では上の空で、ロックやりたいと思っていた。ギターでザ・リバティーンズやザ・スミスの曲を弾いたりしてさ。チリはミュージシャンになるつもりはなかったんだ。楽器の弾き方も知らなかったしね。でも音楽が大好きだったから、マネージャーになろうとしていた。

—では、チリはバンドを始めてからベースを覚えたんですか?

サム: うん。最初はピートとウィルと俺がミュージシャンだった。ピートはベースもキーボードもギターも弾けるんだ。それで、なんか適当にピートはキーボード担当ってことになったんだよね。キーボードはすごく音がいいから。

ピート: ギターとかも弾けるんだけど、飽きちゃってね。

サム: それにお前はステージで立っているのが嫌なんだよな?

ピート: ああ、キーボードは座っていられる。

サム: こいつは座っていたいんだ(笑)

ピート: 俺たちがバンドを始めた頃、ちょうどザ・ヴァクシーンズの人気が出てきたというのもある。2人のギタリストがフロントっていうスタイルを、少しは意識したよな。彼らのように、リード・ギターがなんか変なことをしたりするのはやりたくなかった。

サム: 俺たちのスタイルではなかったんだ。作曲をする時に、ボーカルの美しいメロディをキーボードで作ると、とても興味深くて、想像をかき立てるものができるしね。まあとにかく、俺たちはチリに強制的にベースを覚えさせた(笑)まずはジミ・ヘンドリックスの「Hey Joe」を教えたよ。あの曲さえ弾ければベーシストになれるから。

—先ほどザ・リバティーンズの名前が挙がりましたが、多くのメディアはあなたたちの音楽をザ・リバティーンズと比較していますね。そのことについてはどう思いますか?

サム: 俺はザ・クラッシュとかザ・リバティーンズとかザ・キンクスとか、クラシック・ロックのバンドを聴いて育った。ザ・リバティーンズは大好きなバンドだし、比較されてうれしいけど、俺たちのサウンドとは全然違うと思う。2人のリード・シンガーがいるから、ステージでは似たようなエナジーが感じられるかもしれないけど、サウンド的にはあまり似ていると思わないな。自然にこういうスタイルになったし、俺たちのサウンドはキーボードが主軸になっている部分が大きいんだよ。



—スタジオ180はどんな雰囲気の場所ですか?

サム: 大きな家だよ。たくさん部屋があって、それぞれの部屋をいろんなアーティストが借りている。俺たちは地下を借りているんだ。普通のバンドが借りるリハーサル・スタジオよりも全然安いんだよ。スタジオ180を見つけたことは天の恵みのようだった。パートタイムでバイトさえすれば借りられる場所だったからね。ときどき泊まったりもしているし、いい感じだ。

—地下でのライブは「Best of Friends」のミュージックビデオのような感じですか?

サム: 初期は特にあんな感じだった。初めてのライブは10人しか観に来なかったんだ。すごく優しい友だちだけ(笑)「お前らのやっていること良いよ、応援するよ」ってさ。でもだんだんマジになってきて、口コミで人も増えた。最近はやっていないけど、今だったら「チャーリーとチョコレート工場」のウィリー・ウォンカみたいに、ゴールデン・チケット方式じゃないとできないだろうね。人が殺到して大変なことになっちゃうよ。

ピート: 裏に交番もあるし、ヤバいよね(笑)

—最初にライブをやった時は、何曲くらいあったのですか?

サム: オリジナルは5曲。あとはカバーを演奏した。初めてのライブではラモーンズがカバーしたことで有名なザ・リヴィエラスの「California Sun」をカバーして、自分たちの5曲を演奏して、最後は「Hey Jo」の20分バージョンをやったんだ。5曲終わったら、「え、それだけ?」って言われてさ。だから「Hey Jo」を20分間演奏した(笑)でもその後にもっと曲を作って、そしたらみんながちゃんと興味を持ってくれた。

—その5曲はデビュー・アルバム『180』に収録されていますか?

サム: うん、全部入っているよ。

ピート: 作った曲でアルバムに入っていない曲はないよね。

サム: 作った曲は全部入れたよ。最初に書いたのは「14」で、「Rattlesnake Highway」と「All the Garden Birds」、「Tom the Drum」、「Last of the Summer Wine」が最初の5曲。他の曲はもう少し後に書いた。

—アルバムは日本でも3月にリリースされますが、今の気持ちは?

サム: ようやく聴いてもらえてエキサイティングだよ。最初はかなりナーバスだったけど、今は早く聴いてもらいたい。ネットで噂話をするのはやめて、とにかく聴いてから意見を教えてほしい。

—ザ・スミスやザ・ストロークス、ザ・リバティーンズを見出したラフ・トレードの共同オーナー、ジェフ・トラヴィスが、1曲聴いただけで即契約を結んだという話は日本でも話題になっています。

サム: 実は1曲も聴いてなかったんだ。レコーディングした曲はなかったからさ(笑)だからスタジオまで来てもらって、ジェフとジャネット(・リー、共同オーナー)と数人のためにライブを行ったんだ。

ピート: その時もあの5曲を演奏した。

サム: 「Hey Jo」の20分バージョンはやめておいた(笑)でも「California Sun」は演奏して、ジェフも気に入ってくれた。あの曲を聴いたら、俺たちの通ってきた方向性が分かったって。それでジェフが俺たちを座らせて、「オーライ、お前らと契約したい」って。「マジ?」って感じだったよ。

—ライブのその日に?

サム: うん、その日に。他のメジャーレーベルのA&Rは、ビールとかお土産持ってきたり、ディナーに連れて行ってくれたりしたんだ。ラフ・トレードはそういうのが全くなくて、代わりに彼らのレガシーとアイデアを持ってきてくれた。「契約したい」って言われて、断ることなんてできなかったよ。

—ラフ・トレードは突然連絡してきたのですか?

ピート: その頃には、いろんなところで俺たちのことが噂になっていたんだ。たくさんのレーベルが会いにきたけど、話が通じたのはラフ・トレードだけだった。他のレーベルはもっと大きな話をするんだけど、彼らは良いレコードを作りたいと話してくれた。

サム: ああ、ラフ・トレードは良いレコードを作ることだけが目的だった。他はみんな「たくさん売ってやる」とか。

ピート: 「お前らをビッグにしてやる」とかね。

サム: うん。でもラフ・トレードは、自分たちのレガシーの一部として、ずっと大切にしたいと思える音楽を作ることが目的だった。彼らにはとても豊かで興味深いロックンロールのレガシーがあるからね。その一員になれるって、本当に素晴らしいことだよ。

—レコーディング・スタジオでの作業はあまり好きじゃないそうですが、初めてのレコーディングはいかがでしたか?パルプのベーシスト、スティーヴ・マッキーがプロデューサーを務めたそうですね。

サム: スティーヴと出会って良かったよ。俺たちがスタジオに居たくないっていうことを理解してくれて、とても心地良く作業を進めてくれたんだ。いつかはレコードを作らなければ、誰にも聴いてもらえないということは分かっていたんだけどね。スティーヴは失敗もさせてくれた。「これがロックンロールの最高なところだ」って、不完全なところを認めてくれた。

—ずっとスタジオ180で活動してきて、初めてレコーディングしたわけですが、完成したアルバムを聴いてみてどう思いましたか?

サム: 最初は「クソ!もっと上手くできたはずだ」って思ったんだけど、今はこれ以上ないほど良い作品だと思っている。レコーディング・スタジオ嫌いの俺たちにしては、かなり上出来だ(笑)

—このアルバムを一言で表現するとしたら?

ピート: 「若々しい」アルバムだと思う。



—アルバムをリリースする前から大注目を集めていますが、ニック・ケイヴがライブを観に来たという噂は本当ですか?

サム: うん、ブライトンでやったライブに来たんだ。人生で最高に緊張した出来事だったよ。「こんにちは、サムです。大ファンです」って言うのが精一杯だった。俺は自分にとってヒーローのような存在の人と、あまり関わりたくないんだ。だって、もし嫌われたら人生台無しになっちゃうからさ(笑)

ピート: でも良い人だったよね。

サム: とても良い人だった。チリは楽しそうに話していたよ。あいつはそういうことができるんだけど、俺には無理だ。

ピート: 俺も「こんにちは、大ファンです」って言って、逃げたよ。

—パーマ・ヴァイオレッツのサウンドについては何と言っていましたか?

サム: 実は最近言われたんだけど、俺たちに注目が集まっていてうれしいって。ライブの直後には「最高のライブだったな」って言われたから、「めちゃくちゃだった」って言ったんだ。俺はステージでギターを壊しちゃったし。そしたら、「いや、めちゃくちゃじゃなかったよ」って。俺にはそれで十分だった。自分のライブがニック・ケイヴに「めちゃくちゃじゃなかった」と言ってもらえれば十分だ。彼にとってうれしい驚きだったみたいで、あのニック・ケイヴが楽屋まで来てくれんだ。「正直言って、ちょっとだけのぞいて帰ろうと思っていたんだ」って。「でも実際には楽しかった」って言ってくれた。最高だったよ。

—バンドを結成してから1年半の間で、最もクレイジーな出来事は何でしたか?ニック・ケイヴ以外で。

サム: ニック・ケイヴは相当ヤバかった(笑)最高にうれしかったのはジュールズ・ホランドのBBCの番組に出たことかな。あれはかなりアメイジングな経験だった。「フ○ック、マジかよ?」っていうような経験だったね。「場違いなところに来ちゃったよ」っていうようなさ。

ピート: 子どもの頃から「NME」誌を読んでいたし、ジュールズ・ホランドの番組を観ていた。ああいうのに出るってどんな感じだろうと思っていたんだ。その2年後には「NME」誌に載って、同じ年にジュールズ・ホランドに会っているなんてね。

サム: もう真剣じゃないとは言えなくなっちまったな(笑)今はいろんなことがすごい速さで起こっていて、常に次々と進んでいるけど、20年後に振り返ったら、自分たちがどんなことを成し遂げたのか分かるんじゃないかな。

—もしレコード契約を得ていなかったら、今頃何をしていたと思いますか?

サム: ダラダラしてただろうね(笑)仕事をするよりはダラダラしていたい。

ピート: 俺も仕事は大嫌いだった。多分契約なくても同じことしていたんじゃないかな。スタジオ180にたむろしてさ。今と変わらず音楽を演奏していたと思うよ。

サム: 音楽を演奏はしていただろうけど、誰も聴いていなかっただろうね(笑)

—EDMが大人気の最近の音楽シーンで、パーマ・ヴァイオレッツのようなロック・バンドの登場は新鮮でした。今後はどのようなバンドに成長していきたいと思いますか?

ピート: これまで通り流れに任せて、自然に行き着く先に行きたいね。

サム: ああ、俺たちはあまり先のことは考えていないんだ。考えずに自然にここまで辿り着いたからね。次もまた一緒にスタジオに集まって、どんなアイデアが浮かぶかによって、自然に音楽を作っていきたい。


2月2日に開催された「Hostess Club Weekender」にて初の来日ライブを敢行。

—今回が初来日だそうですが、滞在中にトライしたいことはありますか?

サム: 犬が買いたいんだ。

—犬!?

サム: うん、ペットショップに行きたい。ショーウィンドウからかわいい犬が見えるだろ?ああいう犬が買いたい(笑)

ピート: 髪が伸びてきたから、散髪に行きたい。日本の美容院で日本的なヘアカットをしたいね。美容師におまかせして、どうなるか試してみたいよ。

—日本のファンにメッセージをお願いします。

ピート: アリガト。

サム: アリガトウ!

Studio Photos: Owen Richards
Live Photo: Kazumichi Kokei
Interview + Text: Nao Machida



パーマ・ヴァイオレッツ:
ロンドン出身のサム・フライヤー(Vo/G)、チリ・ ジェッソン(Vo/B)、ピート・メイヒュー(Key)、ウィル・ドイル(Dr)からなる4ピース。英老舗レーベル<Rough Trade>の創始者でありザ・スミス、ザ・ストロークス、ザ・リバティーンズを見出したジェフ・トラヴィスが1曲だけを聴いて即契約をした期待の新人バンド。デビュー前から英「NME」誌の表紙に抜擢されるなど、既に熱い注目を浴びる中、彼らのライヴを観に、あのニック・ケイヴやバーナード・バトラー(元スウェード)等大物ミュージシャンも足を運んだという。


『180』
1. Best of Friends
2. Step Up for the Cool Cats
3. All the Garden Birds
4. Rattlesnake Highway
5. Chicken Dippers
6. Last of the Summer Wine
7. Tom the Drum
8. Johnny Bagga' Donuts
9. I Found Love
10. Three Stars
11. 14

日本盤ボーナストラック
 (Hostess Club Weekender Live / Feb 2nd 2013)
12. Johnny Bagga Donuts
13. All the Garden Birds
14. Tom the Drum
15. Best of Friends
16. Step Up for the Cool Cats
17. Last of the Summer Wine
18. 14 / Brand New Song

日本公式サイト>>
『180』全曲試聴実施中!

<MTVオンエア情報>
LIVE in JAPAN:Hostess Club Weekender 2013.Feb
3/23(土)19:00 - 20:00(初回放送)
3/25(月)21:00 - 22:00(リピート放送)

<来日情報>
SUMMER SONIC 2013
日程:2013年8月10日(土)11日(日)
東京会場:QVCマリンフィールド&幕張メッセ
大阪会場:舞洲サマーソニック大阪特設会場
INFO: http://www.summersonic.com/2013

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