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3年ぶりの新作リリース!ヨ・ラ・テンゴ最新インタビュー

2013-01-17
米ニュージャージー州ホーボーケンを拠点に活動する、インディー界のカリスマ・バンド、ヨ・ラ・テンゴが、1月9日に約3年ぶりの新作『Fade』をリリースした。20年以上に渡ってバンドの作品を手掛けてきたロジャー・マテノの代わりに、トータスのジョン・マッケンタイアをプロデューサーに迎えて完成したという、バンドにとって通算13作目のスタジオ・アルバムだ。

今回紹介するのは、都内で行われたジェームズ・マクニュー(Vo/B)のインタビュー。待望の新作や長年に渡るヨ・ラ・テンゴでの活動について、MTV Newsにじっくりと語ってくれた。実はバンドが来日したのは、ハリケーン「サンディ」が彼らの地元を襲った直後の昨年11月のこと。暗闇の中で荷造りしてまで来日してくれた3人は、滞在中にファンの質問に答えながら楽曲を決定するというユニークなライブ・イベント「Freewheeling Yo La Tengo」を開催。それは観客と同じくらい、彼らにとっても貴重な経験となったようだ。



—ハリケーン「サンディ」の直後だったにもかかわらず、来日してくれてありがとうございます。

ジェームズ・マクニュー(以下、ジェームズ): もちろん、来日できてうれしいよ。

—今回はニュー・アルバム『Fade』のリリースを前にしての来日ですね。2011年はアイラが体調不良だという発表があって、日本のファンも心配していましたが、もう大丈夫なのですか?

ジェームズ: 大丈夫だよ。その後に行った毎年恒例のハヌカーのライブも大成功だったしね!

—それは良かったです。新作では20年来プロデュースを手掛けてきたロジャー・マテノではなく、トータスのジョン・マッケンタイアをプロデューサーに迎えたことが大きな話題となっていますが、その経緯は?

ジェームズ: 僕らはただ新しいことに挑戦したかったんだ。ジョンとは長年の友人でありながら、1度も一緒に仕事をしたことがなかった。僕らはジョンのバンドが大好きだし、彼がプロデュースした他のアーティストの作品も素晴らしいと思う。きっと楽しんで、面白いものが作れるんじゃないかと思った。結果はとてもうまくいったよ。僕らがシカゴへ飛んで、ジョンの素晴らしいスタジオで作業したんだ。ジョンの都合上、数週間作業して、1週間休んで、また数週間シカゴに滞在して、といった感じだったんだけど、それが逆に良かったと思う。休みを挟むことで耳がリフレッシュされて、スタジオに戻った時に新たなアイデアが生まれるんだ。最高の経験だった。

それにロジャーとは長年一緒にやってきて、お互いのことを熟知していたから、彼は僕らのアイデアや決断を予測できるようになっていたと思うんだ。でもジョンは何も知らないから、僕らは思いを伝えるためにいつもより努力していた。ロジャーにだったら言わなくても通じることを、ジョンにはちゃんと伝える必要があった。グループとして上手にコミュニケートできていたと思う。時に難しかったけど、最終的にはうまくいったよ。

—レコーディングの過程で、ロジャーの手法と大きく違ったことはありましたか?

ジェームズ: 技術面で違うことはいっぱいあったし、サウンド面でもこれまでの経験とは異なる音がたくさん生まれたように思う。マイクの配置とか、いろんなことのやり方が違ったけど、基本はジョンに任せて、その中でお互いのバランスを見つけるようにした。とてもうまくいったよ。ジョンは機械の一部なんじゃないかな(笑)すごくフレンドリーな人間型コンピューターみたいな。頭の回転がとても早いんだけど、とても静かな人で、賢い人だよ。

—ロジャーは今回の決断について何と言っていましたか?

ジェームズ: 理解してくれたよ。決断するよりかなり前から、僕らはロジャーに相談していたんだ。問題なく理解してくれた。

—アルバムのタイトル『Fade』の意味は?

ジェームズ: いろんな意味がある。だからこそ、僕らはこのタイトルが気に入ったんだ。どれか1つを選ぶ必要がないからね。僕はいろんな解釈ができるものが好きなんだ。それが何を意味するか、考える相手に託されているようなものがね。君にとっての意味が、このタイトルの意味なんだよ。

—聴く人によって意味が違うわけですね。

ジェームズ: メンバー3人で話し合ったときも、まさにそんな会話になったんだ。いろんな意味があるから魅力的だね、とね。



—ヨ・ラ・テンゴにとって、今作『Fade』は1986年以来、13作目のスタジオ・アルバムですね。

ジェームズ: ワォ!ほんとに?僕はもう数えるのはやめたんだ(笑)

—ジェームズさんが加入してからも既に20年経っているわけですが、いつまでもインスピレーションを受け続けられる秘訣は何だと思いますか?

ジェームズ: うーん…分からないな。僕らはあまり考えていないんだ。それが秘訣なんじゃないかな。曲作りはまるで会話のようなもの。僕らは今でも話題に尽きないし…なんでだろう?本当に考えたこともないや(笑)ツアーでは寝たり、食べたり、買い物したりに重きを置いているけど、普段は常に曲を書いているよ。

最近ではサム・グリーンっていうフィルムメーカーが、1950年代〜70年代に活躍した建築家でエンジニアでビジョナリーのR・バックミンスター・フラーという男の人生を描いたドキュメンタリーの音楽を作曲したよ。45分の作品で、僕らは35分の音楽を作曲したんだ。サムがフィルムを生でナレーションして、僕らがライブ演奏するようなプログラムでね。あのプログラムを作った時に、自分たちが突然に35分もの音楽を作曲したことには驚いたよ。自然発生的に、あんな風に作曲できるなんて、すごくハッピーになった。無理矢理作ったわけでなく、本当に自然にできたんだ。その経験によって、「ワォ、僕らには何でもできるんだ!」って思えた。実際に何でもはできないかもしれないけど、トライはできるよね(笑)

—昨夜のライブ「Freewheeling Yo La Tengo」では、観客からの質問に答え、その場で演奏する曲を決定するというユニークな構成で、観ていてとても楽しかったです。そういえば、MCで日本で先生になることを目指していたと話していましたね。

ジェームズ: 英語の先生にね。日本に引越して、英語の先生になりたかったんだ。日本語も少し勉強したんだよ。日本に来ると脳に当時の記憶がよみがえって、ちょっとだけ読むこともできる。

—すごいですね。どれくらい勉強していたのですか?

ジェームズ: 2年間だよ。僕は学校が大嫌いで、ものすごくつまらないと思っていた。でも日本語の勉強は、まるで一からやり直すみたいに新鮮だった。フランス語やスペイン語を勉強しても、ちょっと英語っぽいからね。日本語は完全にゼロからの出発で、まるで自分の頭の中をきれいにしてくれるような気がしたんだ。言葉だけでなく、日本にまつわる全てのことが大好きになった。昔は漢字もたくさん知っていたのだけど、学校を卒業したら別の知識と入れ替わって、頭の中から出て行ってしまった。

—日本語を勉強したことがきっかけで、日本の音楽にもはまったのですか?

ジェームズ: 僕は世界中のサイケデリック・ミュージックが好きで、特に日本のアーティストによるサイケデリック・ミュージックの解釈が、自分にとても訴えかけるように感じる。説明するのがすごく難しいんだけど、だからこそ、真のサイケデリックなんじゃないかな。説明できない、夢のような世界という意味でね。(日本語の曲は)言葉が理解できないという部分も大きいのかもしれない。全てを理解できないことによって、音楽がよりパワフルになるんだと思う。よりアーティスティックなレベルでのコミュニケーションになるからね。

—何を言おうとしているか考えることなく、感覚で感じられるからですかね。

ジェームズ: うん、その通りだと思う。ラジオでバカなアメリカ人のくだらない歌を聴くと、「ヘイ、ベイビー。ダンスしに行こう」とか、直接耳に入ってくる。もしかしたら灰野敬二も同じ内容を歌っているのかもしれないけど、きっと違うと思うな。でも、もしかしたらそうかもね(笑)

—ライブでは1970年代の日本のグループサウンズについても話していましたね。

ジェームズ: 数年前に大好きなゆらゆら帝国の坂本慎太郎と友だちになって、GSが大好きになった。実は彼が昔の日本のバンドの楽曲を収録したCDを何枚か作ってくれて、それがきっかけで開眼したんだよ。それまでは裸のラリーズも知らなかったし、はっぴいえんどは1、2回聴いたかもしれないけど、彼がCDをくれるまではちゃんと鑑賞したことがなかった。ワーォ!って驚いたよ。

—「Freewheeling Yo La Tengo」は、これまで他の国でも行ってきたそうですね?質疑応答で女性ファンがジョージアにプレゼントを持ってきたのが日本らしいと思ったのですが、質問にお国柄は出ますか?

ジェームズ: どこへ行っても毎回全然違うんだよ。どんなコンサートとも同じように、観客とのコネクションが大切なのさ。昨夜は質問の真剣さに感動したよ。みんながあんなに真面目に参加してくれたことが、とても感動的だった。僕らの活動をあんなにも真剣にとらえていてくれるんだ、とね。本当に感動的で、僕らももっとがんばろうと思えた。一つのことがもう一つのことへの力となり、結果、より大きなものが生まれたようなライブだった。あんなショーは今までに一度もなかったよ。

—同じバンドのメンバーと結婚するというドラマーの女性が、夫婦でバンド活動する上での秘訣を聞いた時に、ジョージアが「ジェームズを見つけること」と答えていたのがスイートでした。

ジェームズ: そうだね(笑)あれはとてもスイートだったな。

—実際のところ、夫婦と一緒にバンドを組むのは、どのような気分なのですか?しかもこんなに長い間。

ジェームズ: とても珍しいことだよね。ここ1年半ほど、マン・フォーエバーっていう別のバンドでも活動しているのだけど、リハーサルをしないバンドだし、ヨ・ラ・テンゴとは全然違う。僕らは練習中に曲を書いて、みんなで集まって演奏するんだ。何か良いものが生まれればうれしいし、ダメだったらいつでも明日がある。そして、いつもリハーサルに到着すると、3、40分くらいは演奏しないでおしゃべりしているんだ。野球のことやテレビのことなんかを、ただしゃべっているんだよ。それはバンドにとって大切な時間なんだと思う。これもまたコネクションだよね。僕らがしゃべっている時、それはまるで楽器を演奏しているかのように感じる。話を伝えたり、ただ会話したりすることが、とても自然に感じられるんだ。



—昨夜はその場で楽器も交換していましたね。ドラムを演奏した気分は?

ジェームズ: 君もトライするべきだよ、超楽しいから!楽器の演奏に関する知識の重要性は、過大評価されていると思う。それはクリエイティビティにおける行き止まりのようなものだ。何か新しいものや、まだ理解できていないことをトライするということ…何か間違ったことをすることは、相対的なことだと思うんだ。もし君にとって良いサウンドだと感じられたら、それが成功なんだよ!

—昨夜のライブではセットリストもなく、その場で決めた楽曲を演奏していましたが、以前にアルバムが完成した後は聴かないとおっしゃっていましたよね。

ジェームズ: 聴かないよ。

—でも演奏のしかたは覚えているのですか?

ジェームズ: レコードを作るときは、完璧だと思える場所にたどり着くために、ものすごく努力する。制作中に同じ曲を何百万回も聴くんだ。それをミックスして、マスタリングして、これで完璧だ!と思ったら、ある意味、解き放すのさ。まるで窓を開けて、飛び立たせるかのようにね。その後はステージで演奏する必要があるから、楽曲はすぐに変わっていく。長年にわたり、楽曲は僕らと一緒に成長しているように思う。僕らが変われば、楽曲も変わるんだよ。ときどき20年前にレコーディングした楽曲を聴いて、細かいところがいかに変化したかに気づくんだ。昨夜も「今日はちょっとゆっくり演奏したな」とか、「ここが変わったな」とか感じられた。ちょっとステキなことだよね。楽曲は生きていて、常に変化している。

—20年経った今、ヨ・ラ・テンゴのメンバーであることの最高なことは?

ジェームズ: 分からないな。僕は友だちが好きなんだ。このバンドではとても良い友だちができた。

—ベストフレンドと一緒にバンド活動できるって幸せですね。

ジェームズ: そう思うよ。ときどきメンバーが嫌い合っているバンドが最高の音楽を作ったりもするけどね。さらには、嫌い合っている兄弟からなるバンドが最高の音楽を作ったり(笑)だから、人それぞれなんだろうな。僕はラッキーだったよ。

—日本のファンにメッセージをお願いします。

ジェームズ: ありがとう。もっとファンのみんなと交流したいな。昨夜はみんなに会ったり話したりすることができてうれしかったよ!


Interview + Text: Nao Machida




『Fade』

01. Ohm
02. Is That Enough
03. Well You Better
04. Paddle Forward
05. Stupid Things
06. I'll Be Around
07. Cornelia and Jane
08. Two Trains
09. The Point of It
10. Before We Run
11. Cornelia & Jane (Instrumental Version)*
12. Oriole*
13. I Saw The Light
14. Move To California*
*日本盤ボーナストラック



ヨ・ラ・テンゴ

ニュージャージー州ホーボーケンにて1984年に結成。当時音楽ライターをしていたアイラ・カプラン(Vo/Guitar)とジョージア・ハブレー(Vo/Drums)を中心に結成される。91年にジェームズ・マクニュー(Vo/Bass)が加入し、現在のスリーピースの形となる。ライヴやアルバムのリリースを着々と重ね、ついにオリジナル8枚目である97年発表の『I Can Hear the Heart Beating as One』で世界的に大ブレイク、CMJチャート1位を獲得し日本でもその名前を知らしめ、高い評価をうける。芳醇な音楽的知識に裏づけされながらも自由な音楽精神、ノイズあり、サイケあり、ドリーミー・ポップあり、彼らの音楽を一言で表すことは大変難しく、その音楽的姿勢は現代のヴェルヴェット・アンダーグラウンドとも評されることも。11月に東京で行われたスペシャル・ライヴ“THE FREEWHEELING YO LA TENGO”もソールドアウトとなり、大好評のうちに幕を閉じた。

日本公式サイト>>

18:10

クリストファー・オウエンス、ガールズ脱退とソロ活動を語る

2013-01-09
「僕はガールズを脱退します。今のところ個人的な理由と言っておきます。前進するにはしかたがなかったことです。曲を書いたりレコーディングをしたりすることは続けます。すぐにいろんなことを明らかにしていきます。これまでのすべてのことに感謝します」

そんなメッセージを残して、クリストファー・オウエンスがガールズからの脱退を発表したのは2012年7月のこと。あれから半年、彼は早くもソロ・アルバム『Lysandre』を発表した。ガールズでのツアーと、ツアー中に出会ったリサンドレという女性との恋について綴った今作は、ソロ作品としてふさわしい、驚くほど私的で素直なアルバムだ。

突然の脱退発表やソロ活動のスタートなど、結果的に多くのファンを驚かせてしまったオウエンスだが、本人にとっては至って自然な流れの上での出来事だったようだ。2012年11月、完成したばかりのソロ・アルバムを携えてプロモーション来日した彼に、ソロ活動開始までの経緯や現在の心境を聞いた。



—今回はたくさんのニュースと一緒に来日しましたね。

クリストファー・オウエンス(以下、クリストファー): かなり盛りだくさんだね(笑)

—前回の来日から1年くらい経っていますが、新作を聴く限り、ハッピーな日々を過ごしていたのではないかと推測しています。

クリストファー: うん!忙しくしていたけど、作るのが楽しいレコードだったよ。とてもハッピーなんだ。

—そのようですね。多くの日本のファンは、ガールズ脱退のニュースに驚いていました。いつ頃、脱退を決めたのですか?

クリストファー: 決めたのは6月。でも、その半年ちょっと前から脱退について考えていたんだ。だから僕の中では突然ではなく、しばらく頭の中にあったことなんだよ。大きな決断だったからね。

—そうだったんですね。多くのファンにとって、ツイッターでの突然の発表はサプライズでした。

クリストファー: そうだろうね。ほとんどの人はライブやメディアの記事しか知らないし、ポジティブなことしか表には出ないからね。だから、理解し難かったんだろうなって思うよ。でも、僕はしばらくやってみて、ガールズは絶対に自分が望んでいるようなバンドにはならないということに気づいたんだ。ガールズでは常にメンバーがそれぞれの理由で出入りしていて、僕はその状況にも慣れていた。去る者は追わなかったよ。そして、ソロ・アーティストとして活動する方が自分のためになるし、その機会を生かそうと考えるようになった。ある意味、新しい1章を始めたんだ。僕にとって、とても良い決断だったと思っているよ。

—JRはクリストファーの決断に対して、どのような反応を示しましたか?

クリストファー: 構わないと言ってくれた。JRはかねてからレコードのプロデュース業をやりたがっていたんだ。僕が脱退する1ヶ月前に、彼から7月は他のバンドをプロデュースするって言われていた。それもあって、僕はあのタイミングに脱退したんだよ。JRも他のプロジェクトで忙しくしていたからね。そして、それが終わっても彼には他の作品をプロデュースできるだろう。今回の決断は僕ら2人にとって辛いものだったけど、それと同じくらい良いことだったと思っている。

—その決断を経て、素晴らしいソロ・アルバムを完成されたわけですが、収録曲は全て1度に書かれたそうですね。1曲目の「Lysandre's Theme」は、ガールズのファースト・アルバム『Album』の直後、2008年に書かれたのだとか?

クリストファー: うん、書いてから数ヶ月間、ちょこちょこ楽曲をいじっていたけどね。それで2009年の頭に、あのツアーについての作品を書こうと決めた。それにリサンドレとの出会いについてね。あの2週間の小旅行について書こうと心に決めたら、全てはかなりのスピードで進んだよ。その時に全ての曲の作詞を行ったんだ。ほとんど一晩で書き上げたんだよ。

—一晩!すごいですね!

クリストファー: でしょ?(笑)

—以前にお話しした時に、常に曲を書いていると言っていましたよね。今作はガールズの活動中に書かれたわけですが、最初からバンド以外のプロジェクトになると分かって書いていたのですか?

クリストファー: それは全く分かっていなかったよ。僕はいつも目的が分からないまま、ただひたすら書くんだ。今回の楽曲はガールズのアルバムに収録しても良かったんだけど、ソロ・アルバムとしての方がつじつまが合うと思った。これは僕の個人的な経験だし、ソロ・アーティストとして最初に作る作品としても良いと思ってね。音楽的にも新しい方向性だし、何よりもガールズに居た頃の気持ちを歌っているから。それはバンドを去った後にやるべきことなんじゃないかと思ったんだ。

—2009年に書いた楽曲を、ようやくアルバムとして完成したわけですが、今の率直な気持ちは?

クリストファー: すごく良い気分だよ。新しいアルバムを完成させるって、何よりも最高の気分なんだ。それに、音楽的に新しいことにも挑戦できた作品だし、収録曲の全てに関連性がある楽曲を録音するという経験もできた。僕にとってはその全てが、これまでにやってきたこととは違う、新しい経験だった。良い作品にできたことに大きな安堵感を得られたし、今後も続けていく上での励みにもなったよ。

—ガールズのアルバムでは各曲にそれぞれのストーリーがありましたが、今作はアルバムを通じて1つの物語が展開して、ある意味ミュージカルのようですね。それは意図的にそうしたのですか?

クリストファー: まさしくミュージカルのような作品だよね。意図的にそうしたんだよ。あの旅について書くと決めた時点で、各曲が1つの章になって、次の曲に続くことになるだろうと思っていたし、全ての収録曲をつなげたかったんだ。だから繰り返す音があったりするんだよ。全ては僕の計画だったのさ(笑)

—今作を発表するにあたっての声明文には、“突然ツアーに出ることになった、かつては自宅で曲作りをしていた男の物語”だと書いてありましたが、それは実際にどのような経験だったのですか?

クリストファー: まさにアルバムに書いたとおりだよ。エキサイティングでもあり、怖くもあって、僕はナーバスだったし、同時にとても満足していた。バンド活動を通じて自分の人生で何をしたいかが分かって、とても意味深い経験だったよ。それまで知らなかった新しい環境に飛び込んだわけだけど、最終的にそれはとても良いことだった。

—期待以上の経験でしたか?

クリストファー: そうだね、ていうか、何を期待していいかも分かっていなかったよ(笑)全ては本当に素晴らしかったし、それは今でも変わらないんだ。今でもとてもエキサイティングだよ。

—そういったエキサイティングな感情が詰まった曲もあれば、「Love Is In The Ear Of The Listener」では舞台に上がることへの恐怖について歌っていて、聴いている方にもドキドキ感が伝わってきますよね。アルバムでここまで素直な気持ちを歌うことは怖くなかったのですか?

クリストファー: そうでもないよ。僕はいつも素直に曲を書いているから。少しずつ、これが自分のやり方なんだって感じられるようになってきた。自分がむき出しで傷つきやすく感じることもあるけれど、でも、それは良いことだと思うようにしている。価値のあることをしているんだ、とね。もし赤裸裸な気持ちにならなかったら、それは自分が何も与えられていないということだと思うんだ。逆に今ではむき出しの自分を感じるよう求めるようになっているよ。そういった感情が得られれば、自分が正しい方向に進んでいると思える。



—ガールズでの曲作りとソロ・プロジェクトでの曲作りで、何か違いは感じましたか?

クリストファー: それがバンドの作品であれ、自分の作品であれ、僕は同じプロセスで曲作りをするんだ。だから大きな違いは感じなかったよ。音楽的には少し違ったけど、作詞のプロセスには大きな違いはなかったな。

—音楽的には、なぜAのキーに決めて作曲したのですか?

クリストファー: 僕にとって歌いやすいキーなんだ。それに「Lysandre's Theme」をAで書いたから、同じキーにすることで、全ての曲に共通点を生み出したかった。アルバム全体にまとまりを出して、聴いた時にまるで1つの曲を聴いているかのように感じられるようにね。

—今作ではミュージックビデオを制作する予定はありますか?映画を制作できそうですよね。

クリストファー: 映画を作れたらステキだけど、作るとしたらフィルムメーカーが必要だし、まだ誰もそういった話をしてきていないんだ。でもミュージックビデオは作るよ。今回も友人たちと一緒に自分の意見も出しつつ作ると思う。でも、映画を作る心の準備はできていないな(笑)

—ガールズの作品も手掛けたダグ・ボームをプロデューサーに選んだ理由は?

クリストファー: プロデュースは自分がよく知っている人にお願いしたかったんだ。今作では周りの状況が大きく変わったから、そこは安心できる部分にしておきたかった。ダグは前作でも一緒に仕事がしやすかったからね。それで聞いてみたらスケジュールも空いていて、お願いできることになった。ダグは僕の仕事のしかたや、僕が何を求めているかを既に分かってくれていたから、やりやすかったよ。とても良い決断だったと思う。

—レコーディングはいかがでしたか?

クリストファー: レコーディングはロサンゼルスで行って、2、3週間で終わったよ。ミキシングとか全ての行程を合わせても1ヶ月で完成したんだ。ミュージシャンは全員素晴らしかったし、とても良いレコーディングだった。予想よりも楽にできたよ。

—サンフランシスコ以外でレコーディングしたとは意外でした。

クリストファー: ああ、普段はツアー以外でサンフランシスコを出ることはないんだけど、ダグがLAに住んでいるから、僕が向こうに行った方が安いし楽だったんだ。

—最初にサンフランシスコに引越した時は、中国人の一家の家を間借りしていたそうですね。まるでホストファミリーみたいに(笑)

クリストファー: うん、そんな感じだった。今でもたまに会いに行くよ。ここ数ヶ月は行かれていないんだけど、ときどき花を持って顔を見せに行くんだ。

—アルバムを持って行ったり?

クリストファー: アルバムは渡していないんだ。年配だからね。子どもたちが大きくなって、家を出てしまったからさ。おばあちゃんとお母さんしか残っていないから、僕の作品は聴きたくないかも(笑)おばあちゃんは英語もほとんど喋れないんだけど、何とか交流しているんだよ。

—クリストファーが世界ツアーをするミュージシャンになったことは知っているんですか?

クリストファー: 多分知らないと思う。理解できないんじゃないかな(笑)僕が音楽を演奏することは知っているけど、ただの趣味だと思っているよ、きっと。

—アルバムの話に戻りますが、最後の曲「Part of Me」は、リサンドレとの遠距離恋愛がうまくいかなくなってから、2010年に書かれたそうですね。リサンドレには今作について伝えましたか?

クリストファー: うん。今でも彼女とはよく話すんだ。今作も送ったら、気に入ってくれたよ。別れた後も彼女とは何度も会っているんだ。ガールズがツアーでフランスに行った時にね。何度も会っているけど、もう恋愛関係ではないんだよ。

—アルバムの中で特に気に入っている曲や私的な曲はありますか?

クリストファー: 1曲ではなく、アルバム全体が気に入っている。今作はそういうアルバムだからね。僕にとって、今作は今でも1つのパッケージとしての作品なんだ。今作について思う時はアルバム全体について思うし。まるで1つの大きな曲のようにね。

—ファンには今作をどのように楽しんでほしいですか?

クリストファー: みんながリリックやストーリーをよく聴いて、アルバムのコンセプトを理解してくれるといいな。曲ごとに日を追って綴られたストーリーのような作品だからね。それに音楽も楽しんでほしい。ステキなサウンドだと思ってくれたらうれしいし、楽曲に詰まった感情に共感してくれたらいいよね。

—また、今作のアートワークはライアン・マッギンレーが撮影したそうですが、彼とは友だちだったんですか?

クリストファー: ああ、ずっと前から友だちで、以前にも一緒にいろいろやったことがあった。今作のアートワークはポートレートにしたいって決めていたから、誰かに撮影を頼もうと考えていて、彼に頼んだんだ。友だちと一緒に仕事をする方が安心できるよね。相手をよく知っているとストレスも少ないし、ナーバスにもならないで済む。うまくいったよ。



—それから、サンローランとモデル契約もしたそうですね?

クリストファー: そうなんだ(照れ笑い)

—どのような経緯で?

クリストファー: エディ(・スリマン、サンローランのクリエイティブ・ディレクター)とも友だちだったんだ。彼は過去に僕の写真を何度か撮影していて、サンローランの仕事が決まった時に連絡してきた。ちょうど僕がガールズを脱退した後で、彼はソロ・アーティストになった僕を一個人としてとらえたんだ。キャンペーンにも合っていたんじゃないかな。ガールズ時代は、バンド全員でああいった活動をするのは難しかったけど、個人で活動していると楽だよね。僕らは友だちだったから一緒にやっただけだよ。

—素晴らしい写真ですね。

クリストファー: ああ、彼はすごく才能豊かなんだ。とても良い視点を持っている。頼まれた時点で、僕には彼が何か素晴らしいものを作るだろうと分かっていた。自分はとても恵まれていると感じているよ。

—モデルの仕事はいかがでしたか?音楽とは全く別の表現方法ですよね。

クリストファー: 大きく違うよね。でも、僕にはとても楽にできることなんだ。カメラの前でシャイに感じることもあるんだけど、エディのことは既によく知っていたから楽にできた。クルーも多くなかったし、ヘアメイクもいなかったし、全てはとても自然に感じられた。僕はただ現場に行って、服を着替えて、写真を撮られただけさ。僕らは2日間、彼の家でケイティ・ネッシャーと過ごしただけ。彼女は経験豊富なプロのモデルだから、僕にも助言してくれたよ。僕はただ彼女の後について行けばよかった。とても楽しかったよ。

—ガールズ時代はアートワークも手掛けていて、今回はモデル業に挑戦して、今後は他に探求したいことはありますか?前回の来日では葛飾北斎の小さな画集を買っていましたよね。

クリストファー: 現時点では音楽活動で十分だよ。とても忙しいしね。家では詩を書いているし、将来的には本を書いてみたいとも思っている。でも今は音楽活動に集中しているよ。

—既に今作をライブでも披露したそうですが、ライブではアルバムを丸ごと演奏するのですか?

クリストファー: そうだよ。バラバラでもいいんだけど、せっかく物語になっているんだから、あえて曲順を変える必要もないよね。レコードと同じように演奏するんだ。とても楽しいよ。サンフランシスコとニューヨークで演奏したけど、オーディエンスの反応も素晴らしかった。これからロンドンとパリとリズボンでもライブを行うんだ。そして1月にアルバムをリリースしてから、本格的なツアーを行う予定だよ。日本にも来られたらいいな。

—パリ公演にはリサンドレも来るんですか?

クリストファー: うん、来てくれると思うよ。

—みんなが客席でリサンドレ探しをしそうですね(笑)

クリストファー: そうだね(笑)誰も彼女の邪魔をしないといいんだけど。

—今後はしばらくソロ活動を続けますか?

クリストファー: うん。今でも他の人と一緒に演奏はしているけど、これからは楽曲を自分の楽曲として発表していきたい。自分の書いた曲だからね。

—最近はどのようなことからインスピレーションを得ていますか?恋はしていますか?

クリストファー: ああ、恋をしているよ。しばらく前からね。実は彼女はアルバムでバックコーラスを歌っているんだ。僕はエディやライアンのようなアートを作っている友だちにインスパイアされているし、他の人の音楽からもインスパイアされている。でも曲作りの上での主なインスピレーション源は日々の生活だよ。自分の経験さ。

—今後はソロ・アーティストとしてどのように成長していきたいですか?

クリストファー: 今は今作を引っさげてのツアーに集中したい。でもワクワクしているよ。ナーバスな気持ちはあまりないんだ。ライブもうまくいっているし、興奮している。次の作品に関する具体的なアイデアはないから、今は多くは語れないけど、今後は今以上にエキサイティングな作品ができるといいね(笑)みんなに気に入ってもらえるような。僕は音楽活動をとても楽しんでいるから、この先も長く続けられるといいな。

—日本のファンにメッセージをお願いします。

クリストファー: 日本でアルバムをリリースする機会を与えてくれてありがとう。みんなが気に入ってくれるとうれしいよ。早くみんなに会えるといいな!

Photos: Ryan McGinley
Interview + Text: Nao Machida


『Lysandre』
01. Lysandre's Theme
02. Here We Go
03. New York City
04. A Broken Heart
05. Here We Go Again
06. Riviera Rock
07. Love Is In The Ear Of The Listener
08. Lysandre
09. Everywhere You Knew
10. Closing Theme
11. Part Of Me (Lysandre's Epilogue)



クリストファー・オウエンス
米サンフランシスコのロックバンド、ガールズの元フロントマン&ソングライター。リヴァー・フェニックス他も所属していたカルト教団、チルドレン・オブ・ゴッドのヒッピーの子として生まれる。幼児期には、日本を含む世界中を旅し、外界から保護され、プレイヤー(祈り)・セッションに出席するという生活を送ってきた。16歳の時に教団から脱走。テキサス州に流れ着き、アマリロのパンク・シーンに没頭した後、サンフランシスコに移る。同地でアリエル・ピンクや彼のプロジェクトであるホーリー・シットとギグをするようになり、最終的にチェット JR ホワイトと出会い、ガールズを結成した。2009年にアルバム『Album』でデビュー。その後、EP『Broken Dreams Club』とセカンド・アルバム『Father, Son, Holy Ghost』をリリースし、2012年7月に脱退した。

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