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3年ぶりの新作リリース!ヨ・ラ・テンゴ最新インタビュー

2013-01-17
米ニュージャージー州ホーボーケンを拠点に活動する、インディー界のカリスマ・バンド、ヨ・ラ・テンゴが、1月9日に約3年ぶりの新作『Fade』をリリースした。20年以上に渡ってバンドの作品を手掛けてきたロジャー・マテノの代わりに、トータスのジョン・マッケンタイアをプロデューサーに迎えて完成したという、バンドにとって通算13作目のスタジオ・アルバムだ。

今回紹介するのは、都内で行われたジェームズ・マクニュー(Vo/B)のインタビュー。待望の新作や長年に渡るヨ・ラ・テンゴでの活動について、MTV Newsにじっくりと語ってくれた。実はバンドが来日したのは、ハリケーン「サンディ」が彼らの地元を襲った直後の昨年11月のこと。暗闇の中で荷造りしてまで来日してくれた3人は、滞在中にファンの質問に答えながら楽曲を決定するというユニークなライブ・イベント「Freewheeling Yo La Tengo」を開催。それは観客と同じくらい、彼らにとっても貴重な経験となったようだ。



—ハリケーン「サンディ」の直後だったにもかかわらず、来日してくれてありがとうございます。

ジェームズ・マクニュー(以下、ジェームズ): もちろん、来日できてうれしいよ。

—今回はニュー・アルバム『Fade』のリリースを前にしての来日ですね。2011年はアイラが体調不良だという発表があって、日本のファンも心配していましたが、もう大丈夫なのですか?

ジェームズ: 大丈夫だよ。その後に行った毎年恒例のハヌカーのライブも大成功だったしね!

—それは良かったです。新作では20年来プロデュースを手掛けてきたロジャー・マテノではなく、トータスのジョン・マッケンタイアをプロデューサーに迎えたことが大きな話題となっていますが、その経緯は?

ジェームズ: 僕らはただ新しいことに挑戦したかったんだ。ジョンとは長年の友人でありながら、1度も一緒に仕事をしたことがなかった。僕らはジョンのバンドが大好きだし、彼がプロデュースした他のアーティストの作品も素晴らしいと思う。きっと楽しんで、面白いものが作れるんじゃないかと思った。結果はとてもうまくいったよ。僕らがシカゴへ飛んで、ジョンの素晴らしいスタジオで作業したんだ。ジョンの都合上、数週間作業して、1週間休んで、また数週間シカゴに滞在して、といった感じだったんだけど、それが逆に良かったと思う。休みを挟むことで耳がリフレッシュされて、スタジオに戻った時に新たなアイデアが生まれるんだ。最高の経験だった。

それにロジャーとは長年一緒にやってきて、お互いのことを熟知していたから、彼は僕らのアイデアや決断を予測できるようになっていたと思うんだ。でもジョンは何も知らないから、僕らは思いを伝えるためにいつもより努力していた。ロジャーにだったら言わなくても通じることを、ジョンにはちゃんと伝える必要があった。グループとして上手にコミュニケートできていたと思う。時に難しかったけど、最終的にはうまくいったよ。

—レコーディングの過程で、ロジャーの手法と大きく違ったことはありましたか?

ジェームズ: 技術面で違うことはいっぱいあったし、サウンド面でもこれまでの経験とは異なる音がたくさん生まれたように思う。マイクの配置とか、いろんなことのやり方が違ったけど、基本はジョンに任せて、その中でお互いのバランスを見つけるようにした。とてもうまくいったよ。ジョンは機械の一部なんじゃないかな(笑)すごくフレンドリーな人間型コンピューターみたいな。頭の回転がとても早いんだけど、とても静かな人で、賢い人だよ。

—ロジャーは今回の決断について何と言っていましたか?

ジェームズ: 理解してくれたよ。決断するよりかなり前から、僕らはロジャーに相談していたんだ。問題なく理解してくれた。

—アルバムのタイトル『Fade』の意味は?

ジェームズ: いろんな意味がある。だからこそ、僕らはこのタイトルが気に入ったんだ。どれか1つを選ぶ必要がないからね。僕はいろんな解釈ができるものが好きなんだ。それが何を意味するか、考える相手に託されているようなものがね。君にとっての意味が、このタイトルの意味なんだよ。

—聴く人によって意味が違うわけですね。

ジェームズ: メンバー3人で話し合ったときも、まさにそんな会話になったんだ。いろんな意味があるから魅力的だね、とね。



—ヨ・ラ・テンゴにとって、今作『Fade』は1986年以来、13作目のスタジオ・アルバムですね。

ジェームズ: ワォ!ほんとに?僕はもう数えるのはやめたんだ(笑)

—ジェームズさんが加入してからも既に20年経っているわけですが、いつまでもインスピレーションを受け続けられる秘訣は何だと思いますか?

ジェームズ: うーん…分からないな。僕らはあまり考えていないんだ。それが秘訣なんじゃないかな。曲作りはまるで会話のようなもの。僕らは今でも話題に尽きないし…なんでだろう?本当に考えたこともないや(笑)ツアーでは寝たり、食べたり、買い物したりに重きを置いているけど、普段は常に曲を書いているよ。

最近ではサム・グリーンっていうフィルムメーカーが、1950年代〜70年代に活躍した建築家でエンジニアでビジョナリーのR・バックミンスター・フラーという男の人生を描いたドキュメンタリーの音楽を作曲したよ。45分の作品で、僕らは35分の音楽を作曲したんだ。サムがフィルムを生でナレーションして、僕らがライブ演奏するようなプログラムでね。あのプログラムを作った時に、自分たちが突然に35分もの音楽を作曲したことには驚いたよ。自然発生的に、あんな風に作曲できるなんて、すごくハッピーになった。無理矢理作ったわけでなく、本当に自然にできたんだ。その経験によって、「ワォ、僕らには何でもできるんだ!」って思えた。実際に何でもはできないかもしれないけど、トライはできるよね(笑)

—昨夜のライブ「Freewheeling Yo La Tengo」では、観客からの質問に答え、その場で演奏する曲を決定するというユニークな構成で、観ていてとても楽しかったです。そういえば、MCで日本で先生になることを目指していたと話していましたね。

ジェームズ: 英語の先生にね。日本に引越して、英語の先生になりたかったんだ。日本語も少し勉強したんだよ。日本に来ると脳に当時の記憶がよみがえって、ちょっとだけ読むこともできる。

—すごいですね。どれくらい勉強していたのですか?

ジェームズ: 2年間だよ。僕は学校が大嫌いで、ものすごくつまらないと思っていた。でも日本語の勉強は、まるで一からやり直すみたいに新鮮だった。フランス語やスペイン語を勉強しても、ちょっと英語っぽいからね。日本語は完全にゼロからの出発で、まるで自分の頭の中をきれいにしてくれるような気がしたんだ。言葉だけでなく、日本にまつわる全てのことが大好きになった。昔は漢字もたくさん知っていたのだけど、学校を卒業したら別の知識と入れ替わって、頭の中から出て行ってしまった。

—日本語を勉強したことがきっかけで、日本の音楽にもはまったのですか?

ジェームズ: 僕は世界中のサイケデリック・ミュージックが好きで、特に日本のアーティストによるサイケデリック・ミュージックの解釈が、自分にとても訴えかけるように感じる。説明するのがすごく難しいんだけど、だからこそ、真のサイケデリックなんじゃないかな。説明できない、夢のような世界という意味でね。(日本語の曲は)言葉が理解できないという部分も大きいのかもしれない。全てを理解できないことによって、音楽がよりパワフルになるんだと思う。よりアーティスティックなレベルでのコミュニケーションになるからね。

—何を言おうとしているか考えることなく、感覚で感じられるからですかね。

ジェームズ: うん、その通りだと思う。ラジオでバカなアメリカ人のくだらない歌を聴くと、「ヘイ、ベイビー。ダンスしに行こう」とか、直接耳に入ってくる。もしかしたら灰野敬二も同じ内容を歌っているのかもしれないけど、きっと違うと思うな。でも、もしかしたらそうかもね(笑)

—ライブでは1970年代の日本のグループサウンズについても話していましたね。

ジェームズ: 数年前に大好きなゆらゆら帝国の坂本慎太郎と友だちになって、GSが大好きになった。実は彼が昔の日本のバンドの楽曲を収録したCDを何枚か作ってくれて、それがきっかけで開眼したんだよ。それまでは裸のラリーズも知らなかったし、はっぴいえんどは1、2回聴いたかもしれないけど、彼がCDをくれるまではちゃんと鑑賞したことがなかった。ワーォ!って驚いたよ。

—「Freewheeling Yo La Tengo」は、これまで他の国でも行ってきたそうですね?質疑応答で女性ファンがジョージアにプレゼントを持ってきたのが日本らしいと思ったのですが、質問にお国柄は出ますか?

ジェームズ: どこへ行っても毎回全然違うんだよ。どんなコンサートとも同じように、観客とのコネクションが大切なのさ。昨夜は質問の真剣さに感動したよ。みんながあんなに真面目に参加してくれたことが、とても感動的だった。僕らの活動をあんなにも真剣にとらえていてくれるんだ、とね。本当に感動的で、僕らももっとがんばろうと思えた。一つのことがもう一つのことへの力となり、結果、より大きなものが生まれたようなライブだった。あんなショーは今までに一度もなかったよ。

—同じバンドのメンバーと結婚するというドラマーの女性が、夫婦でバンド活動する上での秘訣を聞いた時に、ジョージアが「ジェームズを見つけること」と答えていたのがスイートでした。

ジェームズ: そうだね(笑)あれはとてもスイートだったな。

—実際のところ、夫婦と一緒にバンドを組むのは、どのような気分なのですか?しかもこんなに長い間。

ジェームズ: とても珍しいことだよね。ここ1年半ほど、マン・フォーエバーっていう別のバンドでも活動しているのだけど、リハーサルをしないバンドだし、ヨ・ラ・テンゴとは全然違う。僕らは練習中に曲を書いて、みんなで集まって演奏するんだ。何か良いものが生まれればうれしいし、ダメだったらいつでも明日がある。そして、いつもリハーサルに到着すると、3、40分くらいは演奏しないでおしゃべりしているんだ。野球のことやテレビのことなんかを、ただしゃべっているんだよ。それはバンドにとって大切な時間なんだと思う。これもまたコネクションだよね。僕らがしゃべっている時、それはまるで楽器を演奏しているかのように感じる。話を伝えたり、ただ会話したりすることが、とても自然に感じられるんだ。



—昨夜はその場で楽器も交換していましたね。ドラムを演奏した気分は?

ジェームズ: 君もトライするべきだよ、超楽しいから!楽器の演奏に関する知識の重要性は、過大評価されていると思う。それはクリエイティビティにおける行き止まりのようなものだ。何か新しいものや、まだ理解できていないことをトライするということ…何か間違ったことをすることは、相対的なことだと思うんだ。もし君にとって良いサウンドだと感じられたら、それが成功なんだよ!

—昨夜のライブではセットリストもなく、その場で決めた楽曲を演奏していましたが、以前にアルバムが完成した後は聴かないとおっしゃっていましたよね。

ジェームズ: 聴かないよ。

—でも演奏のしかたは覚えているのですか?

ジェームズ: レコードを作るときは、完璧だと思える場所にたどり着くために、ものすごく努力する。制作中に同じ曲を何百万回も聴くんだ。それをミックスして、マスタリングして、これで完璧だ!と思ったら、ある意味、解き放すのさ。まるで窓を開けて、飛び立たせるかのようにね。その後はステージで演奏する必要があるから、楽曲はすぐに変わっていく。長年にわたり、楽曲は僕らと一緒に成長しているように思う。僕らが変われば、楽曲も変わるんだよ。ときどき20年前にレコーディングした楽曲を聴いて、細かいところがいかに変化したかに気づくんだ。昨夜も「今日はちょっとゆっくり演奏したな」とか、「ここが変わったな」とか感じられた。ちょっとステキなことだよね。楽曲は生きていて、常に変化している。

—20年経った今、ヨ・ラ・テンゴのメンバーであることの最高なことは?

ジェームズ: 分からないな。僕は友だちが好きなんだ。このバンドではとても良い友だちができた。

—ベストフレンドと一緒にバンド活動できるって幸せですね。

ジェームズ: そう思うよ。ときどきメンバーが嫌い合っているバンドが最高の音楽を作ったりもするけどね。さらには、嫌い合っている兄弟からなるバンドが最高の音楽を作ったり(笑)だから、人それぞれなんだろうな。僕はラッキーだったよ。

—日本のファンにメッセージをお願いします。

ジェームズ: ありがとう。もっとファンのみんなと交流したいな。昨夜はみんなに会ったり話したりすることができてうれしかったよ!


Interview + Text: Nao Machida




『Fade』

01. Ohm
02. Is That Enough
03. Well You Better
04. Paddle Forward
05. Stupid Things
06. I'll Be Around
07. Cornelia and Jane
08. Two Trains
09. The Point of It
10. Before We Run
11. Cornelia & Jane (Instrumental Version)*
12. Oriole*
13. I Saw The Light
14. Move To California*
*日本盤ボーナストラック



ヨ・ラ・テンゴ

ニュージャージー州ホーボーケンにて1984年に結成。当時音楽ライターをしていたアイラ・カプラン(Vo/Guitar)とジョージア・ハブレー(Vo/Drums)を中心に結成される。91年にジェームズ・マクニュー(Vo/Bass)が加入し、現在のスリーピースの形となる。ライヴやアルバムのリリースを着々と重ね、ついにオリジナル8枚目である97年発表の『I Can Hear the Heart Beating as One』で世界的に大ブレイク、CMJチャート1位を獲得し日本でもその名前を知らしめ、高い評価をうける。芳醇な音楽的知識に裏づけされながらも自由な音楽精神、ノイズあり、サイケあり、ドリーミー・ポップあり、彼らの音楽を一言で表すことは大変難しく、その音楽的姿勢は現代のヴェルヴェット・アンダーグラウンドとも評されることも。11月に東京で行われたスペシャル・ライヴ“THE FREEWHEELING YO LA TENGO”もソールドアウトとなり、大好評のうちに幕を閉じた。

日本公式サイト>>

18:10

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