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USインディ界の歌姫、セイント・ヴィンセント来日インタビュー

2012-01-26
2012年の幕開けと共にアメリカ・ニューヨークからセイント・ヴィンセントことアニー・クラークがやって来た。あのベックやアーケイド・ファイア、グリズリー・ベアなど、音楽シーンからの支持率も高い注目の女性アーティストだ。かつてはギタリストとしてポリフォニック・スプリーやスフィアン・スティーヴンスのツアーに参加していたという彼女は、1月10日に都内で初の来日公演を実現。ミュージックビデオや写真で見るクールな美女のイメージとは裏腹に、超絶なギタープレイで日本のファンを圧倒し、しまいにはギターを弾きながらフロアにダイヴして「犬神家の一族」状態に! ライヴの翌日、一体どんな人なんだろう…と楽しみ半分、不安半分でアニーに会ってきました。



—昨夜のライヴ、素晴らしかったです。音源ももちろん素晴らしいのですが、ライヴ・パフォーマンスは想像を超えていて驚きました。

セイント・ヴィンセント(以下、SV): ありがとう!楽しんでくれて嬉しいわ。

—ステージでは今回が3度目の来日とおっしゃっていましたね。

SV: うん。初来日は15、6歳の頃。タック&パティというジャズ・デュオをやっている叔父と叔母がいて、彼らのローディとして来日したの。

—15歳の時に?

SV: そう(笑)楽屋に花が飾ってあるか、機材がそろっているかとかチェックしたり、サウンドチェックの時間を確認したりね。そのときは3週間も滞在して、日本が大好きになったわ。福岡と大阪と東京でライヴをして、素晴らしい思い出よ。初来日で京都のお寺に行ったことは強烈に覚えているの。それまでに見たことのないような場所だったし、今でもああいう場所は他では見たことがないわ。すごくゴージャスよね。残念ながら、今回の来日では自由時間がないけど。

—2度目の来日はポリフォニック・スプリーですか?

SV: 2度目はスフィアン・スティーヴンスの来日公演よ。ポリフォニック・スプリーがSUMMER SONICで来日したときは、私はまだ加入していなかったの。スフィアンと2008年に来日したのが2度目…もう4年も経ったなんて信じられないわ!

—そして今回はセイント・ヴィンセントとしての初来日ですね。

SV:
ライヴは最高に楽しかったわ。本当に素晴らしい時間を過ごすことができた。オーディエンスのみんなも楽しんでくれていたらいいんだけど。日本のオーディエンスは最高だったわ。

—もちろん楽しんだと思いますよ。あなたのバックバンドには日本人のメンバーがいらっしゃいますね。

SV: トーコ・ヤスダね、彼女は最高!

—ステージではあなたの通訳も務めていましたね(笑)

SV: そうなの! すごく嬉しかった。ライヴ前に「MCの通訳をしてくれる?」って訊いたら、彼女は「何を話すつもりなの?」って心配していたんだけど、「即興でやろうよ、即興で」って言ったの(笑)素晴らしい通訳だったよね。トーコはとても優秀なミュージシャンで、イーナンというバンドで長年にわたってベースを弾いているの。ブロンド・レッド・ヘッドでも活動していたわ。とにかく最高にクールな人。

—今回一緒に来日したバンドで常にツアーをまわっているのですか?

SV:
今回のバンドは、実は比較的新しいバンドなの。ソロ・アーティストの良い点は、プロジェクトごとに違うミュージシャンと一緒に仕事ができること。今回のバンドではヘヴィに叩けるドラマーが不可欠で、キーボードは2人必要だった。ドラマーのマット・ジョンソンはジェフ・バックリーのアルバム『Grace』でもドラムを演奏していた人なの。あのアルバムを初めて聴いたときのことは忘れないわ…17年前に! そんなに時が経ったなんて信じられないわね。あれは本当に素晴らしいアルバムよね。とにかく、このバンドはまだ新しいの。去年の8月からリハーサルを始めたのよ。みんな素晴らしいプレーヤーだわ。



—ライヴではギターを弾きながらフロアにダイヴしていて驚きました。

SV: きっとお客さんは、まさか自分たちがモッシュピットに居るとは思っていなかったよね。ライヴをやっていると時にあまりに没頭してしまって、お客さんと触れ合いたくなってしまうの(笑) オーディエンスは一体何が起こっているのかわかっていなかったと思う。私はヒールを履いていたんだけど、ステージから柵まで1メートルくらい離れていたのよ。もし正気だったら「やめておこう」って思っていたはず。ヒールで幅の細い手すりからお客さんの中にダイヴするなんてクレイジーよね。でもやっちゃった。

—後ろから観ていたら、あなたの両足が宙に浮いているのが見えました(笑)

SV: すごく楽しかった、やって良かったわ(笑)ヨガをやっているからケガもしなかったしね。

—ステージではギターだけではなく、テルミンもかき鳴らしていましたね。

SV: たぶん壊したと思う(笑)

—ご自身の楽曲以外にも、ポップ・グループの「She Is Beyond Good and Evil」をカヴァーしていましたが、あの曲にまつわる思い出をお聞かせください。

SV: あの曲にまつわる1番の思い出は、ロンドンで実際にポップ・グループのマーク・スチュワートと一緒に演奏したこと。ずっとレコードで聴いていた彼の声が急に自分の耳に入ってきて、すごかったわ。信じられなかった。本当にクレイジーだった。あれはクールな思い出よ。

—ライヴではギターの演奏スタイルがとてもユニークでしたが、何歳の頃から弾いているのですか?

SV: 12歳よ。

—他に演奏できる楽器は?まずはテルミンですよね。

SV: もちろんテルミンね、 実は「ハッピー・バースデー」しか弾けないんだけど(笑) 昔はメタルのカヴァーバンドでベースを演奏していたの。

—メタルのカヴァーバンド!?

SV: うん、アイアン・メイデンとかスレイヤーとかメタリカとかが好きな時期があったんだ。13歳〜15歳くらいかな。他にはピアノも弾けるの。

—メディアはあなたの音楽スタイルを「チャンバー・ロック」とか「インディー・ロック」とかいろいろな言葉で表現していますが、あなたはご自分の音楽をどう表現しますか?

SV: 難しいな〜。「牙の生えたポップ・ソング」かな(笑)

—先ほどもおっしゃっていたように、ポリフォニック・スプリーやスフィアン・スティーヴンスで演奏してきたとのことですが、なぜセイント・ヴィンセントとしての活動を始めたのですか?

SV: 実はポリフォニック・スプリーに居たときには、すでにファースト・アルバム『Marry Me』を制作していたの。私は常に自分の音楽を作っていて、ソロ・アーティストになりたいと思っていたわ。ラッキーなことに、ソロになる前に他のバンドで見習い体験ができたというだけ。ポリフォニック・スプリーではローブを着て汗だくになっていたわ(笑)あのローブ、すごく暑いのよ! 私はギブソンSGを弾いていたの。

—セイント・ヴィンセントという名前の由来を教えてください。

SV: ニック・ケイヴの大ファンなの。アルバム『Abattoir Blues/The Lyre of Orpheus』に「There She Goes, My Beautiful World」っていう曲が収録されているんだけど、その中に「Dylan Thomas died drunk in St. Vincent's hospital(ディラン・トーマスは酔っぱらってセイント・ヴィンセント病院で死んだ)」という歌詞が出てくるのよ。私はディラン・トーマスも大好きで、そこから名前を取ったの。



—日本でも昨年11月にリリースされた最新アルバム『Strange Mercy』は、シアトルで曲作りを行ったそうですね?

SV: ええ、曲は全てシアトルで書いたの。レコーディングはジョン・コングルトンと一緒に行ったんだけど、シアトルにはたった独りで、「孤独実験」として行ったのよ。テクノロジーのデトックスをするためにね。

—実験は成功しましたか?

SV: うん、かなりうまくいったんじゃないかな。滞在中に良いアイデアが浮かんだし。ちょっと悲痛な体験だったけれど、世の中には炭鉱で働いている人だっているんだもの、曲作りなんてたいしたことではないわ。

—なぜシアトルを選んだのですか?

SV: 友人でデス・キャブ・フォー・キューティーのメンバー、ジェイソン・マックガーが、シアトルに所有していたスタジオを売る直前で、ちょうど1ヶ月だけ空いていたから使わせてもらったの。でも寂しかったわ! 友だちはいないし、ほとんど誰とも話していなくて…3週目に入る頃には、お金を払ってでも誰かに一緒に食事をしてほしかったくらい。ホテルの受付の人に話しかけてしまうくらい寂しかったの。「ワインを飲みに行くんだけど、どう?」とか、「何をしているの?」とかね(笑) 1ヶ月くらい滞在して、アルバムの大半の曲を書き上げることができた。寂しかったけど生産性の高い日々だったわ。

—今作のリリックは、とても私的なものが多いですよね。

SV: 私はあらゆるところからインスピレーションを受けるの。たとえば「Surgeon」では、マリリン・モンローの日記の一節を引用したわ。彼女が演技のコーチだったリー・ストラスバーグのことを書いた文章よ。メソッド演技法のパイオニアと言われている人ね。常に父親的存在を求めていたマリリン・モンローにとって、リー・ストラスバーグがそういった存在だった時期があるようなの。日記には「Best finest surgeon, Lee Strasberg, come cut me open(最も有能な執刀医、リー・ストラスバーグよ、私を切り開いて)」と書かれていた。そのフレーズはすごく私に響いたの。歌ったときにうまくいかないから、リリックでは「リー・ストラスバーグ」っていう部分は消したわ。バックコーラスだったらできたのかもね。ラッパーに「リー・ストラスバーグ!」ってラップしてもらえばよかった(笑)



—ラッパーといえば、キッド・カディとコラボレートした曲(「MANIAC」)がありましたよね。

SV: うん、でもコラボレーションというよりも、彼の曲に私の曲がサンプリングされたという感じね。もちろん、私が許可した上でのことよ(笑)

—「Cruel」のミュージックビデオはダークなユーモアに溢れていて最高でした。スーパーマーケットで誘拐されて、父子家庭の母親にされたあげく、裏庭に埋められてしまうというストーリーは、本当に“Cruel(残酷)”ですね。

SV: 本当よね(笑)あのミュージックビデオはテリー・タイムリーっていうディレクター・デュオと一緒に制作したの。ビデオのアイデアは彼らが考えたのよ。「Actor Out of Work」と「Marrow」も彼らの作品なの。

—撮影はいかがでしたか?

SV: 3日間にわたって1日20時間くらい撮影したわ。あのビデオはかなり複雑だから、けっこう大変だった。ビデオで私が放り込まれる裏庭の巨大な穴は、ほとんど9歳の子役の女の子が掘ったのよ(笑) 彼女は素晴らしかったわ。キャシディっていう子で、アメリカですごく人気が上昇している「Toddler in Tiaras」っていう番組にも出演しているの。すごい子役なんだけど、あの穴を掘ってくれたわ(笑)

—あの子はビデオでの演技も良かったですよね、恐いほど無表情で。

SV: すごく上手よね。良い意味で恐ろしかったわ。ダークなちびっ子ね。あの穴に落とされた瞬間、彼女がほくそ笑んだの! ワクワクしていたみたい。面白かったわ(笑)

—アルバムがここ日本でもリリースされて、昨夜のような反応を得られたことについてはどう思いますか?

SV: すごく嬉しかったわ。オーディエンスの世代も幅広いみたいだし、自分の音楽にさまざまな人が共感してくれることは、とても嬉しいことよ。日本のファンはみんな礼儀正しくて、うるさく絡んでくるような人もいないし(笑)ライヴの後に何人かのファンと話すことができたんだけど、プレゼントを持ってきてくれたの! 日本の人は本当に温かくもてなしてくれるわね。タック&パティのファンもそうだったわ。お花とかクッキーとかハンカチやスカーフまで持って来てくれて、すごく嬉しかった。

—今後の予定は? フェスなどで再来日する予定はありますか?

SV: かもね。いつかは必ず再来日するわ。また来日できる日をとっても楽しみにしているの。アメリカに帰国したら、ニューヨークでデヴィッド・バーンと制作中のコラボレーション・アルバムを仕上げる予定よ。9月にはリリースできると思う。そのアルバムが完成したら、その後は永遠にツアーが続くから忙しくなるわ。

—日本のファンにメッセージをお願いします。

SV: コンニチハ、またはコンバンハ。あなたがこれを読んでいる時間によるわね。今回は来日させてくれてありがとう。素晴らしい旅だったわ!


Photos: Kenta Terunuma
Interview + Text: Nao Machida



セイント・ヴィンセント

ニューヨーク在住のアニー・クラークことセイント・ヴィンセントはポリフォニック・スプリーやスフィアン・スティーヴンスのツアー・メンバーとして活動を開始。2006年ベガーズ・バンケットと契約を結びソロ・アーティストとしてアーケイド・ファイアの前座をつとめる。4ADからリリースされた2nd アルバム『Actor』はピッチフォークでベスト・ニュー・ミュージックに選ばれる等、世界中で高い評価を得た。2011年11月待望のニューアルバム『Strange Mercy』をリリース。

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1/10の東京・渋谷duo music exchange公演のライヴ写真はこちら>>

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